小さな1歩

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小さな1歩

 テストは3日間。  できる限りの努力をトオルはしてきた。  毎日宿題ノートを出し、ユウヤのスパルタ勉強をして今までの遅れをなんとか取り戻した。  3人との行為もさすがにテスト直前にもなると無くなり、トオルはその空いた時間を全てテストに捧げることができた。  テストが終わり結果が発表される日の夜、トオルは誇らしげにユウヤにテスト結果を見せた。 ユウヤの目は厳しく各教科の点数を見ている。それが、総合得点の点数と順位を見た時に大きく目が開いた。 「……19位」 「よくやっただろ!?」  無論今までのユウヤの成績を考えれば下がってはいるものの、今まで下から数えた方が早いトオルにとってこの順位はまさに快挙だ。  これなら以前中村が言っていた奨学金を受けても問題がないだろう。  ユウヤは喜ぶトオルに少し笑いながらも結果表を返した。 「前より7位落ちてるけど」 「そ、それは……」 「けど、すごい」 「……ありがと」  ユウヤは勉強に関してはスパルタだった。  疲労したトオルに容赦なく勉強をさせ、トオルを褒めたことはなかった。  そんなユウヤから出た初めての褒め言葉は素直に嬉しい。 「俺もほら、これ」 「うっ……、11位」 「中村先生に褒められたよ。よく頑張ったって」  当たり前のようにいうユウヤだが、トオルとしては複雑だ。  この順位は今までのユウヤと比べたら変わりのない順位だが、トオルの順位で考えれば100位以上も順位が上がってる。  これでは戻った時に支障が出ると言いたかったが、ユウヤの誇らしげな顔を見ると何言えない。 「そういえば、君の親が夏休みに食事に行こうだって」 「食事?」 「うん。松葉杖も要らなくなったし、快気祝いってことで。それで、その時友達も招待したいって言った」 「え!?」  ユウヤから言われた言葉にトオルは驚く。  友達。  ユウヤの言う友達はトオルのことだろう。当たり前だが、トオルの両親はトオルとユウヤが入れ替わっている事を知らない。  ユウヤの気持ちは嬉しいが、今は他人である自分に父と母は受け入れてくれるだろうか。 「俺も何喋ればいいか分からないし、トオルだって自分のお父さんとお母さんに会いたいだろ?」 「……そりゃ、そうだけど」  ユウヤとなってから、両親と会えていないのは本当だ。唯一母親とは図書館で勉強した時にユウヤを迎えに来たので顔を合わす事ができたが、それもほんの少しの時間である。  両親に会える。それは嬉しいが、どんな顔で話せばいいのか分からない。 「いいのかな。俺、ユウヤだし」 「2人は歓迎してたよ。2人とも、トオルが事故にあってから仕事を休んで看病してくれたんだ。きっと、トオルの印象と変わってると思う」 「……信じられないな」  仕事人間の両親。そんな両親のことは嫌いではなかったが、トオルには無関心なのだと思っていた。  そんな両親が変わったというのなら、会ってみたい。 「じゃあ、行く 」 「うん。多分、2人の仕事の都合もあるから夏休みの後半になると思うけど」 「だけど嬉しい」  久しぶりに両親と会える。  それが、夏休みの楽しみの一つになるだろう。  正直、ユウヤとなった夏休みがどんな夏休みになるのか想像ができない。   もしかしたらあの3人とずっと過ごさなくちゃいけないかもしれないが、今のトオルにはユウヤがいる。 トオルはユウヤの手を握った。  元は自分のものだった手。改めて触ると柔らかく、滑やかな感触の手をトオルは湿った手で触る。 「……トオル」  突然手を触られ、ユウヤの顔が赤くなる。 元は自分の顔のはずだが、もうその顔がユウヤにしか見えない。急な行動はユウヤにも迷惑だと思い手を離そうとしたが、握った手の上にユウヤの手が重ねられ、再び視線を合わせる。 「トオル、覚えてる? 僕らが2人で初めて会話した時のこと」 ユウヤの問いにトオルは頷いた。 忘れるわけがない。 『俺は、ユウヤに、戻りたくない』 そう言われた時、本当にユウヤに見捨てられたと思ったのだ。 それがまさかこんな関係性になるとは、思いもよらなかった。 あの頃のユウヤも強ばった印象から優しげな、まるで母親のような包容力がある、そんな気がする。 「僕、トオルに僕の気持ちを受け入れてくれて、救われたんだ」 「な、何か言っていたっけ?」 「すごいって言ってくれたんだ。今まで、僕の事をちゃんとわかってくれたのは、トオルだけ。それが、すごい嬉しかった」 「……ユウヤ」 ユウヤはトオルを抱きしめた。柔らかな心臓音がトオルに伝わり、ユウヤはトオルの頭を撫でながら囁くように話す。 「トオル、本当にありがとう」 初めて聞いたユウヤからの言葉にトオルの心は大きく揺れ動く。 トオルは逡巡の末、手をゆっくりユウヤの背中に回した。 そのまま、ユウヤにしか聞こえない小声で呟く。 「……ありがとう」 トオルの情けない感謝の言葉にユウヤの腕の力が強まる。 互いの感覚で鳴っていた心臓が重なり合い、まるで1つの生き物になったような錯覚に陥った。 トオルは顔を見あげる。真っ赤に染めた顔がトオルに向けられ、唇が重なった。
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