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夏休み
「……ッ」
目が覚めた。
意識を失う直前の事を思い出す。
「ユウヤ! ――ッ!」
トオルは周囲を見渡す。ここはトオルの部屋だ。
立ち上がろうとしたが、急に踏まれた感触があり、トオルは何も敷いていない床に顎を強打する。
目だけ見上げると、そこに居たのはリクだった。椅子に座っているリクは眼鏡の奥で冷ややかな視線をトオルに向けており、その冷酷な視線にトオルの体から一気に汗が出る。
「ふうん、やり取りのメール、消してたんだな」
ベッドの上から納得したようにアリユキの声がする。
どうにかリクの足の裏から出て起き上がるとベッドに居たのはシュウとアリユキとユウヤだった。
シュウとアリユキはベッドの清潔なところに座っている。アリユキの手にはトオルが今使っている折り畳み携帯があり、中身を見ている。
ユウヤは目を閉じている。体は全裸で、縛られたまま明らかに意識を失っていた。
明らかに弄ばれたユウヤの様子を見て、トオルの顔は青ざめる。
「安心しろって、寝てるだけだから」
意識を失っているユウヤの下肢には乾いた血が張り付き、シーツには赤黒い染みを作っている。
それを行ったであろうアリユキのあまりにも他人事のような言い方にトオルの中で怒りが爆発する。
「お前ら……ッ!」
「お前、瀬名?」
「だったらなんだよ!?」
アリユキの言葉にトオルは怒鳴り返す。
縛られた手をどうにかしようともがくが縄は解けない。
早くユウヤを助けなくてはいけないという焦りがトオルの思考を鈍らせる。
「離せ! ユウヤを――」
「ト……ォ、ル」
トオルたちの会話の中心にいたユウヤが目を開く。まだ意識がはっきりとしていないのか焦点が定まっていないように見えるが、トオルが目の前に居ることに気が付き、目を見開く。
「ユウヤ!」
「トオル……」
一瞬トオルがいたことで安堵の表情を浮かべたものの、すぐにその顔は恐怖に歪む。
目の前にトオルだけではなく、シュウ、リク、アリユキがいたのだ。それを見たユウヤの顔が震えだす。
「わ、ぁ、あぁぁぁ!」
「ユウヤ、ユウヤ! 落ち着け!」
「やめろっ! 来るな!!」
錯乱し出したユウヤにトオルは必死に声をかける。だがユウヤはトオルの方を見ることなく、目の前のシュウ達を見て怯えて続けている。
「ユウヤ!」
「懐かしいな、この感じ」
アリユキは楽しげに笑う。隣にいるシュウは面倒そうにため息を吐く。
明らかに正常ではないユウヤに対し慣れた様子の二人に対し、トオルの心は焦るばかりだ。
「やだ! やだっ!! 来るな、あ、あぁぁ!」
「ユウヤ、ユウヤ!」
どうにかしたくても、手を縛られているトオルにはどうしようもない。
暴れるユウヤを落ち着かせようとトオルは何度も声をかけるがユウヤはただ泣き叫び続けている。
ユウヤは止まらない。トオルが呼びかけているのにも気づいてない。
「ユウヤ!」
「嫌だ! や、め――!」
「うるさい」
ユウヤをなだめるのに必死で後ろにリクがいるのを忘れていた。
低い声で呟いたと思った瞬間、側頭部に強い衝撃を受けてトオルは床に転ぶ。
蹴られたと理解するまで時間がかかった。痛む頭を押さえながらトオルはリクを見る。
リクの手にはハサミがあった。銀色に鈍く光る輝きが、トオルの目に焼き付く。
嫌な予感がする。トオルはユウヤの名を叫んだ。
「ユウヤ!」
「やめろっ!! イ――」
泣き叫ぶユウヤの横を、リクの持っていたハサミの刃が通った。
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