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思い出
『……ユウ、ヤ』
撥ねられ、自分は死ぬと感じた時、トオルはユウヤの事を考えていたのだ。
ユウヤのことなど何も知らなずにただ憧れていた時のことだ。トオルはその人気者のユウヤに憧れ、ユウヤになりたいと思った。
そんなトオルの表情が変わったのをリクは見逃さなかった。
「瀬名。何かあるのか?」
「う、ううん、なにも!」
「何か、あるな」
目の前に座るリクの鋭い視線がトオルを射貫く。
それを必死でごまかそうとしたが、リクには無駄に終わる。
リクの眼鏡の奥の瞳が苛立ちに変わったのをみてトオルは急いで嘘を言った。
「その、えっと、その日じゃないけど、俺、よく家の近くの神社に夜行ってて――、たまにお参りとかしてたから、それが原因かもって」
「……」
リクは大きくため息を吐く。
とっさについた嘘だったが、ひとまずはごまかすことが出来た。
ユウヤの事を考えていたなど言ったら面倒だ。だいたい、どの人間でも自分が死ぬとわかったら他の人間の事を考えたりもするだろう。
それだけで入れ替わったらたまらない。
「神社で参拝したら入れ替わったってそんな話あるか?」
「でも、漫画とかよくあるシチュエーションだよな。後は雷に打たれた、とか?」
「雷? いったいどんな理屈だ?」
「互いに頭を強くぶつけてってのも聞くよな。まあ、こいつらには当てはまらないけど」
シュウとアリユキの会話を聞き、トオルも改めて自分とユウヤがこの摩訶不思議な現象に巻き込まれたのだと実感する。
ユウヤと目を合わすがその表情にも改めてこの摩訶不思議な現象に巻き込まれてしまったのだという困惑が見えた。
「ユウヤは何か心当たりある?」
トオルに聞かれたユウヤは黙って首を横に振った。
「そっか、そうだよね」
正直、トオルはこの入れ替わった原因については自分のせいなのだという気持ちがあった。
トラックに撥ねられ、死にかけた自分はユウヤになりたいと計らずしも強く願った。
それが神社にいる神なのかまた別の違う力のせいかわからないが、その願いが届いてしまい、トオルはユウヤになってしまったのだ。
実際、ユウヤになってからは苦労の連続だが、あの時確かにトオルはユウヤになりたかったのである。
「瀬名が撥ねられた場所も特に曰くのない場所だな。あのその神社の場所も近いし――、なあ、明日この辺り行ってみないか?」
「明日? 今からでもいいだろう」
「残念。これから雨が降るんだってさ」
アリユキが見せた携帯の画面には今日一日の天気予報が映し出されている。
見るとあと1時間程で大雨になるという記載があった。それはどうやら今日の夜まで続くらしい。
ここに来るのに傘を持ってこなかったトオルは顔色を変える。
「神社行くにしても、事故現場行くにしても泥だらけじゃ探すもんも探せないだろ。幸い雨は夜には止んで明日はまた暑くなる」
「だが、早くいかないと手がかりが」
「手がかりっていってもこいつらが入れ替わって何か月たってると思ってるんだよ。大層な手がかりなんてもん、あると思ってんのか?」
アリユキの言葉にリクは押し黙る。
しばらく黙っていたリクだが、アリユキの言葉が正しいのは間違いない。
そのまま悔しそうな顔をしたあと、その鬱憤をトオルの頭にぶつけた。
「痛っ!」
「トオル!」
それなりの強さで頭を叩かれたトオルは痛みに涙目になる。
ユウヤがいきなり殴られたトオルをかばう様にリクを睨むがリクはそれを気にせず言い放った。
「明日、お前の事故現場と、その神社にいくぞ」
「は、はい……」
また殴られるのは嫌だとトオルは必死で頷く。
そのまま苛立った様子で部屋から出て行ったリクをトオルたち4人は見送る。
ビクビクしているトオルとは違ってユウヤは落ち着いていた。
後ろにいるシュウとアリユキも呆れた様子でリクが出ていった扉を見つめている。
「今日は機嫌が悪いな。アイツ」
「落ち着いたら戻ってくるだろう」
どうやらリクが暴力的になるのはよくあることのようで、アリユキもシュウも気にはしていない。
そういえば、まだユウヤと入れ替わっていることがばれていないころもリクの機嫌が悪くなるときがあった。
その時は体がボロボロになるまで無茶をされたので、仮に殴られても出ていかれたほうがマシだと思いトオルはほっと息を吐く。
「ユーー、瀬名、頭大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
「確かに、血は出てなさそうだな」
アリユキはトオルが殴られた所をまじまじと見る。
普段、暴力を振るわないリクの拳は最初こそ痛かったものの時間が経てば何も感じなくなるだろう。、
正直、殴られるのならアリユキのほうがリクの数倍痛い。
アリユキはトオルの殴られたところを見た後、シュウに視線を移す。
「シュウ、何回?」
「えっ?」
「5回」
「了解。瀬名でいいか?」
「ああ」
アリユキとシュウの会話の意味が分かったのはアリユキから一発殴られた後の事だった。
それからきっちり5回、トオルは殴られた。
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