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 食べ終わった後、またアリユキは食べ物を買おうとする。今度は焼きそばを買うつもりらしい。また手伝って欲しいと言われたトオルは言いつけ通りにアリユキについて行った。 「わりぃな。手伝わせて」 「……別に」 「シュウ、こういった祭初めてなんだよ」  饒舌にシュウについて話すアリユキの話をトオルは黙って聞いていた。  小学校から付き合いのある二人には様々な思い出があるのだろう。聞きながら相槌を打っているが、焼きそばは人気メニューのせいかなかなか列が進まない。 「昔はよく俺がたこ焼きとか買ってきたんだけどさ、冷めてたしかき氷なんて溶けるから買って来れなくて。今日食べさせられてよかった」 「そう、なんだ」 「ユウヤも、金に困ってたからこういうの行かなかったらしいし、楽しそうでよかったな」  よかった。アリユキのそのままの意味ではなった言葉にトオル のモヤモヤは溜まっていく。 「なんで、俺たちを祭りに」 「人は多い方がいいだろ? 俺はさ、別にお前らが戻ろうが戻らまいがどうでもいいし、リクもあんなんだし、来年は俺らも受験生だし気晴らしってやつだよ」  なんの気ないアリユキの能天気な言葉にトオル言うアリユキを見て、昨日アリユキに殴られた腹がじくりと痛む。  アリユキは良い奴だ。クラスでもいいムードメーカーになっているし、人を見る目もある。それなのに、何故かシュウの言うことを聞いている。  それがトオルには不思議だった。 「その、有田くん」 「キモッ。アリユキでいいって」 「……アリユキ。もしかしてシュウに脅されてたり、する?」 「…………」  沈黙。  普段騒がしいアリユキの沈黙はリクやシュウの同じそれとは比べ物にならない雰囲気がある。  不味いことを聞いてしまったもしかしたら殴られるかもしれないと思い、必死に謝罪をしようとした。 「ごめ――」 「お前、何か家の事してた?」 「えっ?」 「なんか、家の事やってた? ごみ捨てとか、掃除とか」    アリユキの言葉の意味がわからず、トオルは困惑する。 「ごみ捨ては、やってた」 「それってさ、頼まれてるからやってるんだろうけど、やっぱりその親の「ありがとう」って言葉だったり。喜ぶ顔を見て更にやる気出るもんだろ?」  アリユキの言葉にトオルは意味が分からないまま頷く。  アリユキの言う通り、親からの感謝や褒め言葉で言われた物事に対しやる気が出ることはある。  トオルだって、中学の初め頃の成績を褒められたから中学は勉強を頑張ったのだ。 「それと同じだよ。俺はシュウが喜ぶから、お前らを殴った」 「そ、それって、おかしい……」 「おかしい?」  アリユキの雰囲気が変わった。  見た目は変わらない。沈黙だった時とは違い、笑みを浮かべている。これが何も知らなかった頃のトオルなら騙されていただろうが、今ではアリユキがトオルに対し威圧にも似たオーラを発していることはわかる。  トオルは思わず言ってしまった言葉を後悔した。 「ごめん! なんでも」 「言ってみろよ。お前が親に喜ばれたからごみ捨てしたように、俺がシュウが喜ぶからお前らを殴ったのがどうおかしいんだ?」  アリユキの日に焼けた健康的な顔が近づく。その目からは逃げられない。  観念し、このあと10発殴られるのを覚悟の上で言った。 「……親と友達は、違うと思う。シュウはアリユキの、友達、だろ」 「何が違うんだ?」 「お、親は、子供より年上で、色々知ってるから正解を教えることができる。だけど友達は歳が近いから、間違うこともある。それを言ったり言い合ったりするもんじゃ、ないのか?」  だんだん語尾が小さくなっていく。  そもそもぼっちだった自分がクラスでも人気者のアリユキに意見する方がおかしい。  でも、今までのアリユキの行動を見てトオルは言わずには居られなかった。  トオルの言葉にアリユキは黙ったままだった。  だが、先程までの沈黙とは違う、まるで悩んでいるかのような様子が今のアリユキからは感じられる。  どうすればいいのだろうか。そう思っていた時に並んでいたトオル達の番になってしまった。  アリユキは元に戻り、焼きそばを購入した。  そこからお好み焼きも買い、トオル達はシュウとユウヤの待つベンチに向かう時、黙っていたアリユキがトオルにしか聞こえない声で呟いた。 「なあ、野良猫ってこっそり飼った事、あるか?」 「な、ない、です」 「シュウ、昔家の庭の隅にこっそり飼ってたんだよ。まあその猫、元々弱っていたのか餌を与えても全然食べなくて、毛布をかけても弱ったままで、後もう少しで死ぬってところだったんだけど」 「はぁ……」  アリユキの急にしゃべり出した昔話にトオルは相槌を打つ。  アリユキは言葉を続けた。 「俺はてっきり、その猫を助けたいのかと思ってさ、俺が飼おうかって聞いたんだ。幸い、俺ん家父さん死んで家寂しかったし」  さらりと言われたアリユキの過去。  まさか父親が死んでいるとは。  どう答えたら良いのか分からず黙るトオルにアリユキは続ける。 「だけどさシュウ、それ断ったんだ。じゃあ病院連れていこうかって言っても違うって言ってさ、そしたら、シュウ、餌と一緒にナイフ持ってたんだよ」 「えっ!?」 「なんかさ、シュウ、昔からそういうグロ画像っての? 好きでさ。今まではこっそりそういうの見てたけどついに自分でもやりたくなったらしくて――、けどまあ、勇気が出なかったんだろうな。だから、悩んでるシュウの代わりに俺がその猫、殺してやった」  アリユキはそう言って、トオルを見つめる。  語られたアリユキとシュウの過去に対し、トオルの反応を見ているのだ。 「なあ、どう思う? 瀬名なら、例えば、ユウヤがそれをしてたら?」  歩くトオル達の視線の先には、小さなユウヤとシュウが見える。  焼きたてのたこ焼きの熱さが感じられない。このアリユキの発言にトオルはなんというべきなのか――、分からない。 「俺、はその」 「別に何言われようと何もしねぇよ。俺暴力好きじゃないし」  どの口が、といえる程トオルとアリユキは仲良くない。  だからこそ、アリユキはトオルに本音を聞きたがっている、のだと思う。  次第に大きくなるシュウとユウヤの姿を見ながら、トオルは目をぎゅっと瞑った後、答えた。 「俺ならユウヤを怒る、と思う。いくら死にそうでも、ナイフで刺すなんて、あんまりだから」 「……」 「あと、シュウだって最初は元気にさせようと色々してたんだろ。だったら、俺だってそうする。ナイフなんて、使わせない」  アリユキは黙り込む。  それはほんの数秒のことだが、トオルにとっては今までで1番長く感じる時間であった。 「そっか」  アリユキの反応は、簡潔だった。     
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