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憎しみ R18
「トオル!」
なにが起きたのか、わからなかった。
頭からの痛みとそこから流れる血を感じながらトオルはどうにか腕に力をかけ、立ち上がろうとする。
足にも力を入れた途端、トオルの足に鋭い痛みが走る。
「ッーー!」
恐る恐る足を見ると、暗がりでよく見えないがその足は明らか腫れている。
まさか骨折したのだろうか、ならば立ち上がることはできない。
トオルは坂の上にいるユウヤに叫んだ。
「ユウ、ヤ!」
「トオル!」
幸い、足と頭以外に今のところ怪我はない。
坂といってもここが林であり、土があり草が生い茂っているのが幸運だった。
だが、祭の会場はそのさらに下だし、トオルが落ちたことだって祭りの喧騒でユウヤ以外一切気づかれていない。
助けを呼ばなくては。そう思い、トオルはユウヤのいる方を見上げた。
「ユウーー」
見上げた位置にいたのは、ユウヤではなかった。
黒いスラックスに半袖のシャツ。そして、短く切りそろえられた黒髪にふちなしの眼鏡。
その眼鏡の奥は怒りという感情に支配されており、それがトオルに向かって真っすぐに放たれている。
「リ、ク……」
リクが、トオルの目の前にいる。
やばい、という簡潔な言葉が頭を支配する。
明らかに正常ではないのがすぐにわかった。
逃げようといまだ痛みがある頭と足で這う。それを拒むかのようにトオルの足を踏みつけた。
腫れている部分を踏まれ、あまりの痛みに声が出ないトオルをリクは無表情で見つめている。
「トオル!」
後ろからユウヤの声がする。
土を踏む音。きっと、トオルを助けに降りてきてくれたのだ。だが、この状態のリクをユウヤ一人で対応できるとは思えない。
すぐにシュウかアリユキを呼んで――、その二人でようやく、という所だろう。
「ユウヤ! 戻ってシュウ達を――」
皆まで言う前に、リクの鋭い張り手がトオルの頬を叩いた。
脳を揺らすほどの衝撃はトオルの視界を歪ませる。
急な衝撃で息が出来ずにせき込むトオルの耳にユウヤの叫ぶ声が聞こえた。
「トオル!」
ユウヤの駆け寄る音。
来るな、そう言いたくてもトオルの声はユウヤに届かない。
「離れろ!」
ユウヤがリクの肩を掴みかかり、トオルを助けようとするのが歪んだ視線で見える。
「ユ……、ゥ、ヤ……ハッ……ァッ」
今すぐ逃げろ。そう言いたくても声が出ない。
リクの目はこの状況でもトオルを見つめている。
その怒りしか見えない視線が、怖い。
「トオル、トオ――!」
リクにつかみかかったユウヤの姿が消えた。
そのすぐ後に鈍い打撃音にトオルの視界は止まる。
「うるさい」
リクの低い、恐怖を煽る声。
寒い。こんなにも暑いはずなのに、トオルの体が震える。
「ユ、ユウ、ヤ……!」
ユウヤはリクに強く押され、近くの木に頭を強く叩きつけたのだ。
ユウヤの額から流れる血にトオルは叫び声をあげる。
「う、あ……! ユ、ユウヤ! ユウヤ!!」
ユウヤは目覚めない。
目を閉じ、意識を失っている。
「ユウヤ、ユウヤ!」
「頭を強く打っただけだ。じきに目が覚める」
「ユウヤ!」
ジタバタと暴れるトオルの上にリクは乗る。
手を抑えつければ、足を痛めているトオルを組み敷くのは容易いことだ。
リクは叫ぶトオルの首を強く掴む。そのまま耳元に低い声で囁いた。
「動くな」
「でも、ユウヤが――」
「ユウヤは、桐島優也はお前だろ」
「――ッ!」
リクはトオルの着ているシャツを強く引っ張った。
ボタンが弾ける。
あらわになった胸を爪を立てるように掴まれ、トオルの血の気が引いた。
「リクッ! 辞め――」
「馬鹿にしやがって」
リクの目にはトオルが写っている。
いや、違う。リクの目には、ユウヤしか写っていないのだ。
トオルという存在は見えていない。
今のリクには、自分がトオルだということを言えば更に酷くなる気がした。
「リ、ク……。お願い、助け、ないと……」
「うるさい!」
「――ッ!」
目の前に突き立てられたナイフにトオルの背筋が凍る。
暴れていた体が止まる。それを良いことにリクは馬乗りのまま首を噛んだ。
足も、頭も、すべて痛い。もう、トオルにはシュウかアリユキが戻ってこないことにはこの場から逃れることが出来ないのではないかと絶望する。
「ゥッ……、フッ、ィ、ァ――!」
リクはトオルを的確に責めた。
まるで急ぐようなその行為にでも快楽を拾う自分に吐き気がす。
ユウヤを、大切な人を助け出せない自分の間抜けさに。
「ヤ、メ……、アッ、ンゥ……フッ!」
ユウヤは目覚めない。
額から血を流して意識を失っている。
早く、早く誰か来て欲しいと祈るが、誰も来る気配がない。
下の方の祭の熱気とは裏腹に冷たく冷え込んでいたが、リクの陰茎は熱かった。
トオルの中で火傷がしそうなくらいに強く擦っている。
「ヒ、ァ……! ンッ、ヤ、ァ」
誰か、誰か助けて欲しい。
自分を、ユウヤを。
涙がこぼれた。
それを拭う暇もなく、リクの行為は続く。
叫ぶこともできずにただ、喘ぐだけの自分を誰か、助けて欲しかった。
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