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「でも、もし俺が魚のオスだったら、鮎魚女じゃなくて、アゴアマダイかな」
「アゴアマダイ? 聞いたことない。どんな魚?」
「口のでかい魚」
「でも啓ちゃんさぁ、どっちかっていうと、口は小さい方だよね?」
奈緒は視線を啓司の口に移動させる。
小さめで子供のように薄い啓司の唇は、奈緒のお気に入りパーツだった。
「いや、そこじゃないよ。アゴアマダイのオスは、メスから卵塊を受け取ったら、口の中いっぱいに詰め込んで孵化するまで守るんだって」
「えーっ!? 口の中で?」
その様子を想像した奈緒は、苦しげに表情を歪めた。
「当然その間はエサも食べられないから、孵化する頃にはオスはゲッソリなんだって。子供にかける愛情がすごいだろ?」
「へえ、命懸けじゃん。すごいね! 啓ちゃんイクメンだねえ」
「いや、まあ、魚の話だけどな……」
「分かってるよ。だって啓ちゃんは、たった十個の卵も守れないじゃん」
悪戯な笑みを浮かべながら奈緒はそう返した。
「さすがに俺の口に十個の卵は入んないよ。……けど、奈緒のでかい口になら入んじゃないの?」
「そんなわけないでしょ!」
「ほら、この唇!」
不意に啓司から唇を摘ままれてアヒル口にされた奈緒は、目をしばたたかせる。
「やっぱカモノハシにそっくりじゃん!」
「もうっ、啓ちゃんひどーい!」
茶化された奈緒が勢いよく振り上げた拳は、即座に啓司の大きな手の平で包まれた。
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