ホワイトの階調

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   ピンクにも、ブルーにもなりきれなかったあの頃、自分を表す色はどこにもなかった。  定められたどちらかでなければ生きられない世の中で、本音も、苦しみも悲しみもすべて胸の中にしまい続けて、嘘ばかりの日常を生きてきた。  本当はわかっていた。嫌いだったのは、他者と異なることを許さないという価値観をただ押しつけてくる桜ではなく、嘘をついて誤魔化すことに慣れた自分自身だったのだ。怖がって、逃げて、本音を受け入れようとしない自分自身だった。広い肩幅も、節立った指も、心とはちぐはぐな肉体も、叶えられない憧れも。  涙が溢れてしまいそうで、赤坂は慌てて小芝に背を向けた。 「勧誘、頑張ってね。この場所を必要とする生徒が必ずいると思うから」  そう言い残し、赤坂は早足で科学室を出た。扉を閉めると、静まり返った廊下に差し込む夕陽を全身に浴びた。思いのまま生きてみようか。生まれて初めて、そんな気持ちになった。            ◇  来週からゴールデンウィークに入ろうかという週の半ば、連休を前にみなどこか浮き足だっている。  漫画同好会の2年生、一ノ瀬(いちのせ)万里菜(まりな)も例外ではない。  ーー連休中は一日中漫画を読んで暮らすんだ!あぁ、休みが1ヶ月ぐらい続けばいいのに!  昨年度まで活動場所を美術室としていた漫画同好会は、同室で活動していた美術部の新入部員が増えすぎたことを理由に、この校舎の最北の地である科学室へ島流しにあった。  しかしかえって気が楽だ。漫画はどこでだって読める。 「万里菜、見て」  友人で、同じく漫画同好会の才原(さいばら)ちとせが窓際へ万里菜を手招く。 「ん?何?」 ちとせは窓の外を指差した。 「桜、咲いてる」 「わ、ほんとだ!カワイイ!でも何でだろ?校庭の桜はもうとっくに散っているのに」  賑やかな話し声に、科学同好会の小芝も実験の手を止めて窓の外を見た。  柔らかな陽光に白い花弁が映えている。その白色の眩しさに、小芝はそっと目を細めた。 (了)
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