ホワイトの階調

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「赤坂先生、赤坂先生」  頭上から小声で呼びかけられ、赤坂はハッとしてパイプ椅子から立ち上がった。  いつの間にか校長の話は終わり、一同立ち上がって礼をしている。赤坂も慌ててそれに倣い、頭を垂れた。 (やっちゃったぁー!)  恥ずかしさのあまり身を縮めながら、再びパイプ椅子に腰掛ける。隣に座った英語教師の権田(ごんだ)が小声でからかってきた。 「赤坂先生、寝てました?」  壇上に目を向けながら、赤坂も小声で答える。 「寝てません!ちょっと考え事をしていました。お恥ずかしい」  権田はふっと小さく笑うと、もう真面目な顔で壇上を見上げている。新入生代表の挨拶が始まった。            ◇  入学式から土日休みを挟んだ次の週、月曜日には在校生によるオリエンテーションが終わり、通常授業が開始された。赤坂は昨年と同様、1年生の担任になった。 (入学して数週間は、みんな素直でいい子たちなんだよね……)  そのあとはざっくり言うと7割がた、担任の采配がものを言う。その適度な引き締めの匙加減が本当に難しいのだ。  生徒に嫌われすぎてもうまくいかないし、舐められても困る。赤坂は何年経ってもその塩梅に自信が持てずにいた。  今年度はどうだろうか。  新入生たちと同じように、不安と期待が入り混じった顔で教壇に立つ。  帰りのホームルームを無事に終え、赤坂は職員室へ戻った。自分の席に着いて控えめに息を吐く。 (ダメダメ。まだ新年度が始まって1週間なのに)  顔を上げると、向かいの席の茅野(ちの)と目が合った。茅野は3年生の担任で、生徒指導主任だ。  数学の教師だが、その鍛えられた身体でバレーボール部の顧問をしている。熱血を自認する、やや暑苦しい教師だ。その茅野が珍しく思案深げに机に肘をついている。  目が合うのを待ち構えていたように茅野が声をかけてきた。 「赤坂先生、今お手隙ですかね?」  本人は遠慮っぽくしているつもりだろうが、全身から有無を言わさぬ圧力がほとばしっている。赤坂は不用意に目を合わせてしまった自分を恨みながら、曖昧にうなずいた。
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