ホワイトの階調

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「先生が戻るまで待たせてもらってもいい?それと、科学部の活動についてちょっと聞かせてくれるかな」  小芝はビーカーを机に置いて、赤坂を見た。 「今年度から科学同好会らしいです」 「そうだね、まぁ、部員が小芝君ひとりじゃ仕方ないか。えーと、それで……」 (さて、何からつっこもう。ツッコミどころが多すぎる) 「カルメ焼きって科学部のお家芸なんだ?」  赤坂は実験机の上を見ながら問う。小芝はゆっくりと目を瞬いたあと、 「お家芸かどうかは知りませんが、カルメ焼きは重曹を使った立派な化学実験ですから」  まるで重大な研究成果を発表するかのような真面目くさった顔で言う。赤坂は皿の上の平べったい茶色の物体を見つめながら、少しだけ笑った。 「小腹が減る放課後にはもってこいの実験だよね。でもこんなカルメ焼きは見たことないなぁ」  カルメ焼きの最大の特徴であるあの膨らんだ丸い形のものがひとつもない。どれもつぶれて食感も固そうだ。 「温度とタイミングがうまくいかなくてべっこう飴みたいになりました」 「はは、それで今からべっこう飴をつまみにコーヒーブレイクってわけだ」  赤坂が笑うと、小芝は黙ったまま、またビーカーのコーヒーを飲んだ。  赤坂は今度こそはっきりと既視感を覚えた。  高校時代、放課後の大半の時間をこの科学室で過ごした。  同じ空間にいた個性的な部員たち。彼らもよくこうしてカルメ焼きを自作していた。そして今の小芝と同じように、ビーカーにインスタントコーヒーを淹れて飲んでいたのだ。  彼らはいつも、目の前のやりたいことに夢中だった。他人から変人扱いされることなんて彼らにとっては何の障害にもならない。  高校生だった赤坂は授業以外のほとんどの時間、三島由紀夫に胸を切り裂かれながら、意味不明な化学実験を眺めて過ごした。  科学に興味があったかと言えばそうではない。私大の文学部を目指していたため早々に理系科目はドロップアウトしていたし、手品のような驚きのある実験以外は、端から見れば意図がわからず地味なものばかりだった。
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