ホワイトの階調

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 赤坂は慌てて取り繕う。弁解のため仕方なく本音を漏らした。 「……なんで嫌いなんですか?」  小芝が珍しく質問してくる。興味を持ったのかはわからないが、長く伸ばした前髪の隙間から赤坂の顔をじっと見つめてきた。  赤坂は迷いながらも、その問いかけに答える。 「一斉に咲けって言われてる気がして。それで一斉に散る。足並みを揃えることが当たり前みたいに。他人と異なることを許さない風潮が嫌いなんだ」  小芝は赤坂の言葉に黙ったまましばらく考え込んだ。 「あ、今時の子にはピンとこないか」  まだまだ過渡期とはいえ、小芝は多様性に寛容な教育が始まった時代の学生なのだ。かつてのような右向け右の時代ではない。  赤坂が教師らしからぬ愚痴をもらしてしまったことを後悔し始めた時、小芝が口を開いた。 「学校の桜が一斉に咲いて一斉に散るのは、ちゃんと理由があるんです」 「理由?」 「学校の桜はほとんどが’染井吉野’ですよね。染井吉野は遺伝子的にすべて同一のクローンだから、同じ時期に植えられたものは木の大きさ、花の大きさ、そして咲いて散るタイミングがすべて同じなんです」 「クローン?桜が?そんなことあり得るの?」 「クローンというと例の有名な羊を思い浮かべると思いますが、そもそもクローンの語源はギリシャ語の『枝』です。栽培品種としての染井吉野は主に()ぎ木といって、親木から切り取った枝を台木に接着して増殖させるため、日本中に植えられた染井吉野はすべて同じ遺伝子を持つクローンなんです」  小芝は赤坂に背を向け、棚に実験道具を戻しながら言った。 「でも、人間はクローンじゃない。だから一斉に咲いたり散ったりしないし、それが当たり前なんです」  背中を向けてはいるが、その言葉ははっきりと赤坂の耳に届いた。赤坂は動揺を隠すように目を瞬く。そして、小芝の細い背中を見つめた。 (もしかして今、生徒に慰められた?それともこの子はただ生物学的事実を述べているだけだろうか)
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