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赤坂は何も言わず、もう一度窓の外へ視線を投げた。遠く見える散りかけの桜並木。ふと近くへ視線を落としたとき、科学室の窓からちょうど正面にあたる部室棟の壁際に、一本の細い低木が植えられているのが目に入った。
赤坂の学生時代にはなかった木だ。
いつのまにか窓際に来た小芝が同じ木を見ながら言う。
「あの木も桜なんです。藤咲先生が世話していますよ」
「へぇ、そうなんだ。よくみたら確かに樹皮のかんじとか桜っぽいかもね。花は全く咲いてないみたいだけど」
「そうですね。あの木は染井吉野じゃないから」
「なんでわかるの?」
「藤咲先生の前に勤めていた化学教師が実生から育てたって聞きました」
「みしょう?」
「接ぎ木ではなく種から発芽させたってことです。染井吉野は実をつけないなどと言われることもあるんですがそれは大きな間違いで、受粉可能な距離に染井吉野以外の種の桜が咲いていない場合が多いからなんです。先程言ったとおり染井吉野はクローンなので、同一の遺伝子同士で受粉しても実がつかないというだけで染井吉野自体に繁殖能力がないというわけではないんです」
赤坂は小芝の横顔を見た。淡々とした口調と相まって、その表情には何の感情も見つけられない。小芝はまた口を開く。
「あの桜は染井吉野と、別の種の桜との子どもということみたいですね。半分は染井吉野の遺伝子を受け継いでいるので見た目はとても似ているのですが、どの程度の大きさに成長するのか、いつ花が咲くのかはわからない。当たり前のことですが、染井吉野とは全く別の桜ということになります」
藤咲はこの高校に赴任して異例の8年目だ。藤咲の前の化学教師も、長く勤めたおじいちゃん先生だった。赤坂は自身の高校時代を思い出す。悩みを胸に秘めたまま行き場のなかった赤坂を科学部へ誘ったのは、他でもないその化学教師だったのだ。
その教師が学校に植えたという、雑種の桜。
未来が誰にも保証されない、そんな種から育てた桜が、小さいけれどこうして校庭の片隅にひっそりと育っている。しかし力強く根を張って。
何者でもなくても、種は芽吹く。何年も経てそのメッセージを受け取ることになるなんて……。
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