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3 素直に喜べなくて
「47番 樋口麗佳」
その声が聞こえた瞬間、私は喜んだ。いや、喜んだふりをした。
「麗佳、よくやったな」
いつの間にか先生が近付いてきてそう言った。
「本当に、本当にありがとうございます……」
そう言って、涙を流すふり。それさえも辛い。
「おめでとー!! 流石麗佳!!」
結果発表だけ来るーと言っていた真衣は、発表より少し遅れてやって来た。
「ありがとう……ございます……」
そう言いながらも、私の良心は疼くばかりだった。
「お願いです!」
コンクールの始まる一時間前。
私は一人の審査員の方に話し掛けていた。
「お願いです、どうか、私を予選突破させてください……」
私はそう言って、その審査員の人に和菓子を渡した。
その審査員の人ーーアドン先生はフランス人。和菓子がすごく好きだという噂を聞いて、私は和菓子でアドン先生を買収しようとした。
「私、ずっとコンクールで失敗してばかりで……」
「ふん、考えてもいいですヨ」
アドン先生は、偉そうにそう言っていた。
「お願いします……」
泣きそうになりながら、私は懇願したことを思い出す。
(最低だ、私……)
隣では、前回のコンクールで本選までいった安藤奈穂が、名前を呼ばれず泣いている。
(安藤さんの方が、絶対上手だった……)
すると、私が安藤奈穂を落としたように思えてきて、なんとも胸が痛い。
(最低……)
自分のことが嫌いになった。
「先生……」
ほんの出来心だったんです。
そう言い訳をしようとしたが、私を覗き込む今までにない程優しい目を見ると、耐えられなくなった。
「あああああっっっっっ!!!!!」
私はそう叫んで会場を飛び出した。
会場を飛び出した私に、世の中は優しくない。
冷たい雨が体を打つ。
寒かった。痛かった。
(……あれ?)
音が、聞こえない。
何も。
あのざわめきが、ない。
都会特有のあのざわめきが。
「なんで!?」
叫んだ。
いや、叫んだつもりだった。
私には、何も聞こえなかった。
(嘘……)
絶望だった。
自分にこんな日が来るだなんて思わなかった。
(本当なら、嬉しい筈なのに……)
泣きそうになって道端にしゃがみこんだ私の肩に、ポンと温かい手が置かれた。
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