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1 嗚呼またか
「106番 安藤奈穂さん」
その言葉を聞いた瞬間、私は床に崩れ落ちた。
八三番から百六番に飛んだ。
私は、九十五番と書かれた紙を握り潰した。
嗚呼まただ。また、名前を呼ばれなかった。
「今回選ばれなかった方達の音楽性を否定するわけではありません。……」
審査員長の声も、私には聞こえなかった。ただただ悔しかった。
これで、ピアノコンクールに出るのは五回目だ。
そして、その全てで、予選落ちをしている。
(悪くない演奏だと思ったのに……)
それでも、審査員にケチをつける訳にも行かず、私は会場をあとにした。
「ドンマイドンマイ、そういう時もあるよ」
私の親友、中平真衣がそう言って私の肩をバシバシ叩く。正直痛い。
「真衣……ちょっと痛いよ」
私はそう言って顔をしかめて見せるが、真衣は全く気にしない。
「でも、審査員もバカだよねェ? こーんな素敵な麗佳の演奏を落とすなんてねェ」
真衣がそう言ってくれることが唯一の救いだ。
「でも、真衣も慣れたよね、私を慰めること。これで五回目だもん」
「いつか慰めるんじゃなくて囃し立てられたらいいのになァ」
真衣は冗談めかして言う。
「ホント、そうだよねェ」
これが大人だったら居酒屋でやけ酒でもするのだが、生憎私はまだ高校生なので、カフェでやけ食いをする。
出費がかさむが仕方がない。
「親は何も言わないの?」
真衣の疑問は最もだと思う。
「これだけ落ちまくっても気にしないのかな」
「真衣、一言余計」
でも、確かにそうだ。普通は、コンクールに落ちまくったら何かしら心配をすると思う。
「でもさァ、うちの親、全く興味を持たないんだよね」
「……何に?」
「ピアノとかコンクールとか」
うちの親はかなり変わり者で、自分の娘のことを全く気にしない。
ピアノは、昔近所のお姉さんが弾いていて、楽しそうだったのでやらせてもらった。
コンクールは、先生に勧められて出ることにした。
私がやりたいと言ったことはやらせてくれる。でも、その先どうなったのか、訊いてきたことは一度もない。
「ふーん。アタシの親だったら、絶対泣くか怒るか……」
「確かに、そうかも」
私はそう言って苦笑する。
真衣のお母さんには何度か会ったことがあるが、すごく娘のことを気にしている、感受性豊かな人だった。
「どっちがいいんだろうねェ。超過保護か、超無関心か」
過保護の方がいいんじゃないの、と言いそうになって、言葉を引っ込める。私はずっと、真衣は親に構ってもらえていいな、と思っていた。けれど、構ってもらえたらいいってものではないのかもしれない。
「間が一番いいでしょ」
私はそう言って笑う。
真衣もそうだね、と笑ってくれた。
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