腕に花びら

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 あぶぁ、と小さな声が聴こえた気がして歩みを止めた。  まるでシャットアウトでもしたかのように締め切られた目の前の布をポキポキと軽く音を立てて開けていくと、闇の中の光のようにきらりと輝くつぶらな瞳がくるりと私を見つめている。  そして急に落ちてきた陽の眩しさにまんまるの目を細めた。 「なぁに?どうしたの」  この子に話しかける声は少し高めを意識している。  特別子供好きでもないし、まさか自分がそうなるだなんて思いもしなかった。しかしどうやら低い声よりはこういった高い声のほうが赤ん坊は安心するらしい。  所謂赤ちゃん言葉は使わないが、声色くらい伝えやすく安心させるようにはできる。    教えてくれたのは、先に母となった妹だった。  視線の先の小さな生き物は、ぷくりとした指を宙で遊ばせては何やらひとりで喋り続けている。全然理解できないが、ご機嫌なのはいいことだ。 「いい天気だね。開けたままにしておこうか」  返事はない。  この子を産んで以来ひとりごとが増えた気がする。私としては話しかけているつもりだが、相手はまだ言葉を理解できないのだから仕方ないだろう。  緑の多い公園の道を晴れた日にベビーカーで散歩をする。ふたりきりで家に居ても煮詰まるので自分に課した日課だ。  その時、ガタンと右の車輪が大きく跳ねてベビーカーが傾きかけた。危ない、と思った時には既におそく、スローモーションのようにそれが倒れていくのを見る羽目になる。 「あっ、ちょっ」  待って、と言いかけながらギリギリのところでベビーカーをまるごとキャッチした。  危なすぎる。あと少し遅かったら中で横になっている我が子ごと倒れてしまうところだった。  子供を持ってから気付くことは意外と多い。こんな小さなことでも、意外と公園の道はガタガタと不安定な事を知る。 「大丈夫だった?」  ベビーカーを覗き込むと目が合った。  文字通り固まっていた様子の赤ん坊は私の顔を見た瞬間、火が付いたように泣きだす。  自分に何が起きたのかはわからないがひたすらに恐怖を訴えているのだろう、このままではどうにもならないのはわかっている。    ベビーカーを端に寄せて、小さく細い首から後頭部をうしろから支えつつ抱き上げる。首はほぼ座りつつあるものの、まだ時々危ういのでこうして支えが必要なのだ。  こちら側の気遣いなんて知るはずもなく、彼女はまるで恐怖を与えた事への怒りをぶつけるかのように泣き続けていた。
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