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第2話 風雲の襲撃者(2)
〈蝿〉たちの姿が路地の向こうに消えると、タオロンは、ルイフォンの後ろで白蝋のような顔をしているメイシアに視線を移した。
「……藤咲メイシア。運がなかったと諦めてくれ。お前が鷹刀に囚えられたままだったら、良かったのに……」
「どういうことですか?」
声を上ずらせながらも、メイシアが言葉を返した。内気そうな貴族の娘が、口をきいたことが意外だったらしい。タオロンは少しだけ戸惑い、けれど表情を崩した。目尻に人のよさそうな皺が寄る。
「すまねぇなぁ。そいつは言えねぇや」
タオロンは大刀を構えた。厳つい手が力強く、ぐっと柄を握りしめるのが、筋肉の動きで知れる。その刃の存在感ある煌めきに、メイシアの背筋が凍った。
ルイフォンが、応じるように懐からナイフを出し、無言のまま鋭く睨みつける。
それに対し、タオロンは正眼で見据え、ゆっくりと言い放った。
「……どいてろ。俺は無益な殺生をしたくねぇんだ」
両者の体格も違えば、武器のリーチも圧倒的に違う。端から勝負になるはずもない。
しかし、ルイフォンはきっぱりと言い切った。
「俺は、こいつを守る」
ルイフォンは体勢をやや低くし、構えた。
「……そうか」
視線と視線が絡み合う。
突如、タオロンは大刀を振りかざし、ルイフォンに向かって一直線に走りだした。
速い――メイシアは息を呑んだ。ルイフォンとタオロンの戦闘力差は明らかだ。
だが、決して邪魔をしてはいけない。悲鳴ひとつだって、足手まといになりかねない。
傍観者でいることの恐怖と闘いながら、彼女はふたりの動きを追う。
ルイフォンは、鋭い視線で正面を見据えていた。ナイフを構えたまま、ぴくりとも動かない。
大刀が、ルイフォンに迫る。
このままでは……、そうメイシアの心臓が震え上がったとき、ルイフォンの眼球が一瞬だけ、上を向いた。
刹那。
ルイフォンは右腕を引き、力一杯、ナイフを投げた。
――斜め上に……。
ルイフォンから放たれたナイフは、ぎらりと陽光を反射させながら、銀色の軌跡を描き、空へと向かっていた。
ぱりーん、という硬質な高い音が響く。
硝子の街灯が、ナイフによって撃ち砕かれていた。
はっ、と状況を理解したタオロンは、自身の持つ優れた身体能力のすべてを使ってブレーキをかける。
「逃げるぞ!」
叫ぶと同時に、ルイフォンは金色の鈴を翻し、メイシアをふわりと抱きかかえた。彼女の戸惑いも構わずに、路地裏へとさらっていく。
たたらを踏み、すんでのところで留まったタオロンの鼻先を、ぱらぱらと虹色の光の欠片がかすめていく。
見た目の美しさとは裏腹な、冷酷な刃の万華鏡。
地に落ち、繊細な響きを打ち鳴らして、粉々に散り乱れた。
「やってくれるじゃねぇか……」
足元に広がる鋭利な紋様を前に、青ざめながらも、タオロンは微笑んだ。
一方、路地に逃げ込んだルイフォンは、上目遣いに訴えかけられていた。
「あの……、降ろしてください……」
毅然と振る舞ってはいるが、メイシアの唇の色は薄く、小刻みに震えていた。汗でしっとり濡れた掌は、無意識のうちにルイフォンの腕にしがみついている。相当に怖い思いをしたのだろう。
ルイフォンはこのまま抱きかかえていたい衝動にかられたが、じっと見詰められていてはそうもいかない。名残惜しげにメイシアの髪に顔を埋めると、彼女は「きゃっ」と、小さな悲鳴を上げる。再び抗議される前に、すばやく彼女を解放した。
メイシアの頬は朱に染まり、いつもの自然な表情が戻っていた。ルイフォンは微笑を漏らした。
「行くぞ」
そう言って、彼は歩き出す。
ふたりの目的は、迎えの車が来るまで自分たちの身を守ること。無駄に戦う必要はない。タオロンには悪いが、付き合ってやる義理はないのだ。
できればこのまま、どこかに隠れて遣り過ごしたい――ルイフォンは周囲を見渡す。
少し先の建物の扉が、半開きのまま、ぎぃぎぃと風に揺れていた。
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