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第2話 風雲の襲撃者(3)
砕けた硝子を避け、ルイフォンの尻尾の金の鈴を追いかけて、タオロンは路地裏に入った。
そこには、彼の予想通り、猫の子一匹いなかった。
両脇には、人気のない数階建ての建物が続いている。
彼は、あたりの気配を確認しながら歩を進めた。高いところから物でも落とされたら堪らない。それは古典的ではあるが、有効な手段だからだ。
そして、彼は一軒の建物の手前で止まった。
ぎぃぎぃと音を立てて揺れ動く扉に向かい、彼は言う。
「鷹刀ルイフォン、隠れても無駄だぜ」
だが、返事はない。
タオロンは額のバンダナをずらし、片目を隠した。明るい室外から、急に暗い室内に入ると、どうしても目が眩む。それを避けるため、先に片目を慣らしておくのだ。
彼は大刀を片手に扉を見据えた。
静かに息を吐く。
刹那、タオロンの体が砂塵と共に跳躍し、瞬く間に扉を蹴り飛ばす。
ほとんど意味をなしていなかった扉の金具が、断末魔を上げた。
そのまま、建物に突入――というところで、タオロンは頭を庇うように大刀を大きく振るった。
きぃん……。
金属同士が打ち付け合う、力強い音。
「くっ……!」
頭上から落ちてきた重い衝撃に、タオロンは思わず呻き声を漏らした。
大刀から伝わる振動が、腕まで響く。だが、それは相手も同じであった。
「ちぃっ……!」
ルイフォンが舌打ちをした。痺れるような反動に、彼が手にしていた鉄パイプは抜け落ちた。
細身のルイフォンは、タオロンの豪腕に弾き飛ばされる。しかし、持ち前の身軽さを発揮して、猫のように華麗に着地した。
「やはり、読まれていたか」
「当たりめぇだ。気配は二階からしていたからな。だが、まさか、お前自身が落ちてくるとは思わなかったけどな」
タオロンは冷や汗をかきながら、バンダナを額に戻す。
「藤咲メイシアは?」
「逃がした。俺は、メイシアが逃げ切るまでの時間稼ぎさ」
少々猫背気味の独特な歩き方で、ルイフォンは悠然とタオロンに近づく。両手に武器もないのに、恐れた様子も見せなかった。
タオロンの浅黒い肌が粟立った。
「お前ほど油断ならねぇ相手は、初めてだぜ」
「お褒めいただいて、嬉しいね」
猫のように目を細め、ルイフォンが笑う。そんな彼を威圧するように、タオロンが刀を構えた。
ルイフォンが歩みを止める。
両者が睨み合う。
ルイフォンがすっと腰を落とした。
と、その次の瞬間には、素早く地を蹴り、徒手空拳でタオロンの懐に飛び込む――。
「馬鹿な!?」
無謀とも言えるルイフォンの行動にタオロンは戸惑いを隠せなかったが、それでも、その手の大刀で疾速の旋風を巻き起こす。
「……っ!」
ルイフォンが息を呑んだ。
大刀の鋭い切先は、ルイフォンの眉間を正確に狙っていた。
空間を押し裂くような、体重を載せた力強い一撃。
その太刀筋を、ルイフォンは全神経を使って見極めていた。
刃が迫った瞬間、体内の血が凍りつくかのような緊張が彼を襲う。
風圧で皮膚が裂けるその直前、ルイフォンは舞うように後ろに躱した。その際、袖に隠し持っていたものを、タオロンの首筋に向かって弾き飛ばす。
「痛っ……?」
タオロンは自分の首に刺さったものを反射的に引き抜いた。それは小さな釘だった。鉄パイプ同様、街灯に投げつけて失ったナイフの代わりに、ルイフォンが廃墟で拾った武器だった。
怪訝な顔をするタオロンを無視し、ルイフォンは軽やかに身を躍らせて間合いから離れる。一本に編んだ髪が宙を流れ、青い飾り紐がはためき、金色の鈴が煌めく。
「お前、こんなもので俺をどうするん……?」
そう言いかけたところで、タオロンが、がくりと膝をついて倒れた。
よく日焼けしているはずの彼の肌が、目に見えて青ざめていった。力が入らぬ様子の首を懸命に曲げ、ルイフォンを見上げる――それでも強さを失わない目だけで、現状について問うていた。
「筋弛緩剤だそうだ」
ルイフォンが告げた。鉄パイプでの不意打ちに失敗した場合に、保険として釘の先に塗っておいたのだ。
娼館の女主人シャオリエに貰った餞別。ルイフォンの年上の姪にして、薬草と毒草のエキスパート、ミンウェイ作の代物だが、効き目が分からなかったため積極的に使いたくはなかったのだ。しかし、どうやら有効――それどころか、少々塗りすぎだったらしい。
「さて、と。お前から情報を引き出したいところだが、今は麻痺してて喋れないよな? というわけで、あとで鷹刀の誰かに回収してもらおう」
そう言いながら、彼は、おもむろに髪の先を留めている青い飾り紐をほどく。アラミド繊維を芯糸にしたそれは、細くともタオロンを拘束するのに充分な強度を持っていた。
タオロンを後ろ手に縛り上げ、金色の鈴は大切に懐にしまう。
そしてルイフォンは、建物に向かって手招きをした。
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