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第4話 渦巻く砂塵の先に(3)
「お前……」
今にも壊れそうな、華奢な泥まみれの少女に毅然と言い放たれ、タオロンは毒気を抜かれたように、ぽかんと口を開けた。
彼女が言っていることは自分本位で、彼にとっては許しがたいことである。けれど、彼女の一途な気持ちは、むしろ彼には清々しくさえ思えた。立場的には敵対せざるを得ないが、心情的には近いものを感じたのだ。
「……貴族の小娘というのは、面白いですね。何を言い出すか、見当もつきません」
「〈蝿〉……!」
タオロンは体を巡らし、怒りの矛先を変えた。
「ずっと、聞いていた、ぞ」
刈り上げた短髪を〈蝿〉に向け、メイシアに向けていた分の怒りも上乗せして、タオロンは憤りをたぎらせる。
「それは、そうでしょうね。クラーレは神経毒。意識は、はっきりしていたはずです」
「おまっ……」
「何が言いたいのですか? 小娘に頭を下げて、あなたを助けるべきだったとでも?」
〈蝿〉は、ぷっと吹き出した。白髪頭を揺らし、口元に手を当てて嗤う。
「あり得ませんね。あなたは襲撃に失敗した挙句、非力な子猫に縛り上げられた、愚かなクズです。斑目の一族でもない私が、助けてやる義理はないでしょう?」
「お前の、助けなんて、期待してねぇよ! けど、よ。藤咲、メイシア、煽ったろ!? 俺を襲わせて、何、考えて、やが……る」
怒号を上げて荒れ狂うタオロン。しかし、〈蝿〉は彼のことは相手にせず、ずっといたぶり続けている小さなか弱き小鳥に声をかけた。
「貴族のお嬢ちゃん。あなたは、致命的な勘違いをしていたんですよ。食客が主人の一族に従うべき? そんな決まりはないのです。身分に守られてきたあなたには、理解できないかもしれませんがね?」
〈蝿〉はおもむろに、足元に横たわるルイフォンの襟首を掴んだ。そのまま無造作に彼を引きずりながら、メイシアのほうへと向かう。
人をひとり引きずっているとは思えないような足取り。相変わらず足音はなく、ルイフォンの体が地面と擦れる音だけが響く。
彼女から数歩離れた位置まで来ると、〈蝿〉は、ルイフォンの襟首から手を放した。どさり、と重みのある音を立て、支えを失ったルイフォンの上半身が砂を巻き上げる。彼の口から、苦しげな呻きが漏れた。
「ルイフォン!」
メイシアは叫び、這うようにして彼の元へ寄ろうとした。
その鼻先を、ざらりとした砂粒が遮る。今まで音を立てなかった〈蝿〉の靴先が地を鳴らし、彼女の行く手を阻んだ。
憎悪の視線で、メイシアは〈蝿〉を見上げると、彼は嬉しそうに嗤った。
「いい顔ですね。惨めな弱者の顔です」
「……っ」
「あなたは私を侮辱した――これでも私、怒っているんですよ」
そう言って、〈蝿〉は地面に横たわるルイフォンの腹を踏みつけた。ルイフォンは激痛に、声にならない声を上げる。
「ルイフォン!!」
編んであった髪はすっかりほどけ、癖のある長髪が砂地に広がる。猫のような好奇心溢れた瞳は閉じられ、別人のようなルイフォンの姿に、メイシアは涙を浮かべる。
「あなたに対しては小僧を、小僧に対してはあなたを傷つけるのが効果的。そういう関係があって初めて、脅迫というものは成り立つんですよ。少しは勉強になりましたか?」
勝ち誇ったように〈蝿〉が嗤う。真昼の太陽を背にした〈蝿〉の黒い影は、残忍な悪魔そのものだった。
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