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第4話 渦巻く砂塵の先に(4)
「やめろよ」
太い声が響いた。両手を後ろ手に縛られたまま、憤怒の表情を見せるタオロンがゆっくりと立ち上がった。
怒気を放ち、まるでメイシアを庇うかのように、彼は、彼女と〈蝿〉の間に割って入る。まだ、わずかに麻痺が残るのか、踏みしめた足元は多少おぼつかないが、憤激の言葉は滑らかだった。
「おやおや。斑目のあなたが、鷹刀の味方をするのですか?」
「俺は、胸糞悪ぃことが嫌いなだけだ」
「ほぅ? ではどうするおつもりで?」
タオロンは、くっ、と唇を噛んだ。
「何も考えていませんでしたね。だからあなたはイノシシ坊やなんですよ」
「黙れ……食客風情が!」
「あなたは、斑目の総帥には逆らえない」
「……逆らうわけじゃねぇよ。けど今回、鷹刀ルイフォンは関係ねぇ! …………藤咲メイシアは……俺が一刀のもとに殺す。それでいいだろ!」
赤いバンダナの下の額に皺を寄せ、タオロンが言い切った。
しばし考えこむように押し黙った〈蝿〉だったが、「いいでしょう」と、ゆらりと身を翻す。音もなくタオロンの背後に回り、刀を一閃した。
「……?」
タオロンの狼狽と共に、ぱらり、と青い飾り紐が地面に落ちた。彼の両腕を拘束していた、ルイフォンの髪結いの紐である。
「所詮、私は『食客風情』ですから、あとは斑目のあなたにお任せしましょう。総帥の命によって、罪もなき、か弱き娘を殺すがいい」
〈蝿〉は嗤いながら、タオロンの大刀を拾い上げ、持ち主に放った。
ずしりと重い刀を、タオロンは無言で受け止める。その質量に、傷つけられた右腕の傷口が新たな血を流したが、彼は奥歯をぎりりと噛み締めただけであった。
それを見届けた〈蝿〉は、場所を譲るべく、メイシアの脇を抜ける。その際――すれ違いざまに、彼女にぼそりと漏らした。
「……〈蛇〉とあなたの間で何があったのか、非常に気になるんですけどね。仕方ありません」
「え……?」
メイシアが疑問の声を上げたが、彼はそのまま通りすぎ、高みの見物を決め込むべく、建物の外壁に体を預けた。
「藤咲メイシア……」
タオロンの刈り上げた短髪から、玉の汗が流れる。乾いた風が吹き抜け、熱を奪い、彼の肌を冷やした。
「なんか、さっきと立場が逆になっちまったな」
切なげで真っ直ぐな瞳が、メイシアを捉えていた。赤いバンダナの下の、人の良さそうな小さな黒い瞳。だが、その上にある太い眉は、意志の強さを示している。
「本当はこんなこと、したくねぇ。だが、お前は凶賊と関わっちまったんだ。……嬲り殺されるくらいなら、俺が一太刀で殺ってやる。……せめてもの、慈悲、だ……」
メイシアの全身に戦慄が走った。
砂まみれの地面にへたり込んだまま、彼女は呆然とタオロンを見上げる。
彼の背後に、透き通るような青い空が広がっていた。
大きく羽根を広げた鳥が悠然と蒼天を抜けていく。大空を舞う彼らは、自らの翼で羽ばたかなければならない。その力を持たぬのなら、世界を自由に飛ぶ資格はないのだ。
無力な自分は地に伏すしかないのだろうか――美しくも残酷な外の世界を見上げながら、メイシアの口から言葉が漏れた。
「嫌……」
喉に張り付くような、かすれた声。蒼白な顔には、いつもの聡明な、凛とした輝きを放つメイシアの面影はなかった。それは、空から撃ち落とされた小鳥の、本能のさえずりだった。
しかし、鋼の重さを感じさせぬ動きで、タオロンが大刀を大きく掲げる。
「や、やめ、ろ……!」
身動き取れぬほどに傷めつけられていたルイフォンが、かすれる声を上げ、メイシアの元へ這い寄ろうとする。
「すまねぇ……」
堅い意志をもった太い声で、タオロンが呟く。
そして、天高く掲げたそれを……今まさに振り下ろそうとするその瞬間――。
「俺の個人的見解では、斑目の野郎がその女を手に掛けるのを邪魔すべきではないんだがな」
低く魅惑的な声を奏でながら、その男は颯爽と路地に入ってきた。
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