第4話 渦巻く砂塵の先に(5)

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第4話 渦巻く砂塵の先に(5)

 すらりとした長身。筋肉質の均整の取れた体つき。年の頃は二十歳前後といったところだろうか。  癖のない黒髪を肩まで伸ばした、神の御業を疑う中性的な黄金比の美貌――。  彼を見た瞬間、〈(ムスカ)〉は息を呑み、背を預けていた外壁から思わず体を起こした。 「エルファン……!」 〈(ムスカ)〉は、まなじりを決し、衝動的に刀の柄に手を伸ばす。  だが、地に伏していた鷹刀一族の子猫、ルイフォンが「リュイセン……」と、別の名を口にした。 「……っ! エルファンの息子か……」  そう呟いて、〈(ムスカ)〉は冷静さを失いかけた自分を諌めた。  男――リュイセンは、一度だけ〈(ムスカ)〉に目を向けたが、それだけだった。彼が父親と瓜ふたつであることは自他ともに認めるところであったし、鷹刀一族の次期総帥たる父は、ほうぼうで恨みを買っていることも重々承知している。すなわち、いちいち気にしていたら、やっていられない。  彼は満身創痍のルイフォンに向かって、溜め息をついた。彼の弟分たる叔父は、普段は寝ているときも編んだままの髪を振り乱し、野生の獣の様相を呈していた。 「……異国に出掛けていた俺よりも、自国に残っていたお前のほうが、よほど奇想天外な体験をしていたようだな」 「はは……。羨ましいだろ」 「気を失いながら言う台詞じゃないだろ!」  リュイセンは眉を吊り上げた。作り物のように整いすぎた綺麗な顔立ちが、一気に人間味を帯びてくる。 「お前たちのおかげで、俺は帰国早々、謂れなき罪で警察隊に拘束されるわ、父上に無理矢理、脱走させられるわ、ミンウェイに無謀なバイクチェイスを強要されるわ。散々な目に遭ってきたんだぞ!」  まったく、とリュイセンは再び溜め息をつく。  ちょっと留守をした間に、あとさき考えない楽天家の祖父が厄介ごとを招き入れており、年下の叔父は棺桶に片足を突っ込んでいる。たまったものではない。 「ルイフォン、俺の個人的見解では、その貴族(シャトーア)の女は即刻、見捨てるべきだと思っている」  さらさらとした髪の黒さが、酷薄な唇の赤さを引き立てながら、リュイセンは告げる。彼は傷だらけのルイフォンを見やり、歯噛みした。  この弟弟子の戦闘能力は決して高くない。その辺のごろつき連中になら圧勝できるが、凶賊(ダリジィン)相手には赤子同然。そんな中途半端な力量。特に体格的に不利な面が多く、傷を負ったら最期だと思えと、師匠たるチャオラウに言われており、本人もそれを熟知しているはずだ。  ……それが、この有様(ザマ)かよ――。  信じられないことだが、それだけの事情があるのだと、解釈せざるを得ない。  リュイセンは、もう何度目か忘れた溜め息をつき、タオロンを瞳で捕らえた。すっと腰を落とし、いつでも動ける構えを示す。  タオロンへの無言の圧力――。 「あとで聞きたいことが山ほどある。だが今は、その女を連れて逃げろ。俺がここまで乗ってきたバイクが、そこの角に止めてある」  そのとき、〈(ムスカ)〉が、ゆらりと動いた。リュイセンの正面に歩み出て、彼がタオロンに向けている視線を遮る。 「エルファンの息子。勝手に取り仕切るのも、そのくらいにしてくれませんか」
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