第1話 忍び寄る魔の手(3)

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第1話 忍び寄る魔の手(3)

「……甘えてしまって、よいのでしょうか?」  ルイフォンはメイシアを抱き寄せた。彼女の体はあっさりと彼の胸に落ちた。 「ああ」  そのひとことに、蓋をしていたメイシアの心が決壊した。 「逢いたい、です。ハオリュウに……逢いたい!」  感情が洪水のように溢れでて、彼女は泣き崩れた。  ルイフォンが彼女の耳元で優しく囁く。 「よく言ってくれた。……それじゃあ、藤咲家に行くぞ」  彼の胸の中で彼女は小さく頷き、「ありがとう」と呟いた。彼にはそれが妙に嬉しくて、そして愛しく思えた。  突如、パンパンと手を叩く音が響く。 「はいはい。やっと、話がついたようね」  シャオリエが呆れと冷やかしを含んだ声を上げた。  メイシアが慌てたように、ルイフォンから体を離す。赤く染まった彼女の顔を、名残惜しげにルイフォンの目が追った。 「けど、藤咲家は斑目と繋がっていることを忘れていないかしら?」  はっ、とメイシアが口元に手を当てる。  彼女の心が再び閉ざされようとするのを感じ、ルイフォンがシャオリエに怒りの表情を向けたが、シャオリエは自身の胸元を覆うストールのように、ふわりと軽く受け流した。 「藤咲家は、いわば敵地よ。とても危険な場所」 「ルイフォン、やはり私……」  それをルイフォンの鋭い声が遮る。 「黙れ」  シャオリエの言葉に翻弄されるメイシアの肩を、ルイフォンはぎゅっと抱き寄せた。 「俺がお前を守る。そして、お前の願いを叶える」 「言い切ったわね」  そう言って、シャオリエは満足そうにアーモンド型の瞳を細め、にっこりと笑った。 「なら、行ってらっしゃい。何が起きているのか、自分たちの目で確かめてくるといいわ」 「……は?」  ルイフォンが間の抜けた声を出した。メイシアも狐につままれたかのように、きょとんとする。  シャオリエは、唐突に「トンツァイ」と情報屋に声をかけた。いきなり水を向けられた彼は、ぎょっとしたような顔になる。このマイペースな女主人は何を言い出すか、分かったものではない。 「頼みたいことがふたつあるわ。藤咲家周辺の安全確認と、藤咲ハオリュウとの接触」 「……一応確認ですが、期限は?」  トンツァイは苦虫を噛み潰したような顔をシャオリエに向けた。それに対し、シャオリエが不快げに眉を寄せる。 「今すぐに決まっているでしょう?」 「安全確認は承りましょう。ですが、接触は無理です。最低限の根回しをする時間をくだされば、やってみせるんですがね?」  優秀な情報屋である彼は、無理難題は請け負わない。命あっての物種である。 「役に立たないわね、もう」 「いくらシャオリエさんの頼みでも、無理なものは無理です」  シャオリエはふぅ、と溜め息をつきながら肩をすくめ、メイシアに顔を向けた。 「今回のところは、遠くからハオリュウの無事を確認する程度にしておいたほうが無難なようよ」 「いえ、それだけで充分です。……シャオリエさん、ありがとうございます」 「あらぁ? 私は、お礼を言われるようなことは何もしてないわ。まぁ、悪い気分じゃないから、感謝されておくけどね。こちらも、お前には感謝しているしね?」 「え?」  シャオリエの含みのある言い方に、メイシアはどきりとする。 「お前のおかげで、ルイフォンが少しは見られる感じになってきたわ」 「な……っ!?」  突然、引き出されたルイフォンが狼狽しながらも、反論する。 「なんだよ? 今まで見られなかったのかよ?」 「当たり前でしょう? ひよっ子が。自惚れてるんじゃないわよ」 「何ぃ!?」  そういうルイフォンの抗議を無視して、シャオリエは緩く結い上げた髪を揺らしながらカンターに向かった。棚の奥から小瓶をひとつ手に取る。 「ルイフォン、餞別にこれを上げるわ」 「これは?」 「ミンウェイから貰った筋弛緩剤よ――ちょっと困ったお客様用の。優しく抱きついて背後からプスリ、ってね」 「怖いことしてやがるなぁ」 「綺麗な薔薇には棘があるのよ」  シャオリエは嫋やかな外見に似合わぬ言葉を吐き、口角を上げた。
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