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第1話 忍び寄る魔の手(5)
陽が中天に差し掛かっているにも関わらず、その街並みは薄暗く感じられた。
砂埃の舞う道に続く建物は、壁の塗装が剥がれかけ、悪くすれば壁そのものが崩れ落ちていた。もとは店舗付きの住宅が軒を連ねていたと思しく、その名残として、錆びついたひさしの上に取れかけた看板を見ることができた。しかし、ひしゃげた窓枠には窓硝子の収まりようもなく、建物の内部は吹きさらしになっている。果たして人が住んでいるのか、いないのか。そんな、廃墟といってよいような建物が並んでいた。
ルイフォンは細い脇道に身を潜めるようにして足を止め、携帯端末を取り出した。
GPSによると、現在位置は貧民街の端に分類される場所だった。ルイフォンは小さな溜め息をひとつ漏らすと、いつもは鬱陶しくて使っていない、自身の位置を屋敷に知らせるGPS追跡機能を有効にした。
「屋敷から迎えを呼ぶ。その車で藤咲家へ向かおう」
「ルイフォン……」
巣の中でうずくまる小鳥のような目で彼女は彼を見上げた。
「藤咲の家には寄らず、そのまま屋敷に戻りましょう」
「メイシア?」
「敵の思惑は分かりません。でも、事実として私は狙われています」
「大丈夫だ、俺が必ず守る。安心しろ」
怯える小鳥の不安を取り除くように、ルイフォンは力強く言った。多少の虚勢が混じっていることを悟られないよう「俺が信じられないか?」と、にやりと笑ってみせる。
「勿論、信じています。ルイフォンは、必ず私をハオリュウに逢わせてくれるでしょう。……けれど、それはルイフォンが危険な目に遭うことと引き換えに、です」
彼女は、ぎゅっと掌を握りしめた。そして、か弱い小鳥が懸命に羽ばたくように、言葉に精一杯の力を込めた。
「私は、浅はかでした。守られるということの、本当の意味を理解していませんでした……。私が守られると言うことは、私を守るルイフォンを危険に晒すということです。――私はそれを望みません」
「大丈夫だ!」
「ハオリュウには、また別の機会に逢いに行きます。……ルイフォン、そのときは連れて行ってくださいね」
遠慮がちに付け加えられた、ふたこと目に、メイシアの気遣いが見え隠れしていた。彼女は力強く飛ぶことは出来なくても、もはや巣立つことの出来ない雛ではなかった。
「……ともかく、車を呼ぼう。話はそれからだ」
そう言って、ルイフォンは携帯端末を操作する。普段なら決して使わない音声通話――先に送った報告文があるからか、ワンコールでイーレオは出た。
『何があった?』
即座に異常を察知した父に、ルイフォンは手短に状況を報告する。
「――というわけで、迎えを頼……」
その瞬間、ルイフォンは肌が粟立つのを感じた。無意識のうちに、メイシアの手を思い切り引き寄せる。
「えっ……!?」
ルイフォンのただならぬ様子に、メイシアは彼の視線を追う。
脇道の入口に複数の人影――鷹刀一族の門衛と、勝るとも劣らない屈強な男たちが、壁のように立ち塞がっていた。
その中央に、ひときわ堂々たる体躯の若い男がいた。
二十歳を幾つか越した程度に見えるが、おそらくはこの中の誰よりも強い。よく陽に焼けた浅黒い肌に、意思の強そうな目。刈り上げた短髪と額の間にきつく巻かれた赤いバンダナが、彼の気性を表しているかのようであった。
「――斑目タオロン……」
ルイフォンが呟いた。
この男と直接会ったことはない。けれどルイフォンは、斑目一族に関する資料の中で、その顔を見たことがあった。
「俺のことを知ってんのか」
「ああ」
ルイフォンの首肯に、タオロンがゆっくりと前に進み出た。腰に佩いた大振りの刀が重たげに揺れる。
太い眉の下の瞳が真っ直ぐにルイフォンを捕らえ、口元は一文字に結ばれていた。
タオロンは無言で柄を握り、幅広の刀をすらりと抜いた。緩慢な動作から一気に頭上高く振り上げ、鋭い風切り音をうならせながら回転させる。
刀術の型のひとつ――だが、大刀を手遊びでもするかのように片手で弄ぶのは、並大抵ではない。彼がその気になれば、腕くらい軽々と一刀両断だろう。
思わず見惚れてしまいそうな刀技に、ルイフォンは身動きも取れなかった。
一連の動作を終え、低いうなりが唐突に、ぴたりと止まる。
それまでの力強い勢いに流されることなく、筋骨隆々とした腕は微動だにせず――そして、大刀はルイフォンに向けて、一直線に伸ばされていた。
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