女心と春の朝

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今日も夕食の席でそれは始まった。 「今朝もね、お隣の奥さんお化粧まったくしていないのよ。いくら『マスク』をしているからって世間体ってものがあるわよね。それに日焼けだって怖いし」 うちのマンションは各階2部屋でエレベーターを1基使用する造り。 つまり、うちと同じエレベーターに乗るのはうちが703号室だから各階の3号室と4号室しかないわけだ。 んで、おふくろが最近いつも話題にするのは先月越してきた704号室の人たちのこと。 うちとほぼ同じ家族構成らしく、俺んとこは親父とおふくろ、それに俺。 エレベーターを挟んで隣の704号室は、俺んとこの両親と同じくらいの年齢の夫婦と娘一人。 しかも同い年なんだよな、彼女。 ハンバーグを箸て割って食べている間も、おふくろの話は止まらない。 「それともすっぴん自慢かしら。私への当てつけじゃないわよね」 何言ってんだおふくろ、とは思っても言わない。 言おうもんなら、愚痴の矛先が俺に向く。 隣のおばさんは化粧してなくても清潔感があるショートカットの明るい人で、会うたびにマスクしていても明るい声で気持ちよく挨拶してくれる人だ。 反対にうちのおふくろは常に化粧バッチリ、早朝と夜しか素顔を見せないくらい鉄壁のメイク仮面。 当てつけも何も、引っ越しの挨拶のときからおばさんの印象は変わらないから、来た時からすっぴんだったんじゃないかな。 女の化粧ってよくわかんないけど、そんなに気になるもんなんだろうか。 「おまえなあ。別に向こうが化粧しようがしまいが関係ないだろう」 今日は珍しく早めに帰宅して一緒に食卓を囲んでいる親父が、げんなりしたように言った。
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