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第十話 「喫茶店」
scene-1
久し振りの自転車は、風が気持ちよかった。
お盆の帰省。特に予定もなく実家で暇を持て余していた私は、衣装棚からお気に入りだった麦わらのハットを見つけ、ちょっとお出かけしたくなったのだ。
ルートは‥高校時代、自転車通学で毎日通っていた道。そう言えば、あの喫茶店はまだあるだろうか?
scene-2
あれから10年‥通学路を懐かしみながらペダルを漕いだ。蝉の声が心地よい。商店街を通過し、文具屋さんの角を曲がると‥あった!
学校帰り友人達と入り浸った喫茶店。制服の女子トークは青春の一コマだ。
でも私は、彼女達に内緒で、休日よく一人でこの喫茶店に通っていた。密かに憧れるウエイターのお兄さんがいたからだ。
scene-3
自転車を停め、ちょっとドキドキしながら店内に入る。
あー、変わっていない!テーブルも椅子も、壁に掛けられた絵さえも‥。
そして「いらっしゃいませ」の声‥!?
えっ?目の前に憧れのお兄さんがいた。あの時のままで。そんな‥嘘でしょ?
「こ、珈琲ください」
思わず声が裏返る。胸の鼓動が高鳴り始めた。
scene-4
なんで歳とらないの?いや、そんなことあるはずない。そっくりさん?‥違う。弟だったりして‥珈琲をすすりながらチラチラ彼を見た。
なんか切ない!
あの時と同じだ。十代、少女の私はこんな風に、この喫茶店でひとり胸を熱くしていた。大切な私の思い出‥
だから声をかけずに店を出た。
高校時代、喫茶店に憧れた人がいた‥今はその弟さんがウエイターをしている。そんな空想で十分。いや、すごく素敵なことだ。
夕景の街並み、なんだか気分のいい私は思いっきりペダルを漕いでいた。
end
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