第十話 「喫茶店」

1/1
前へ
/10ページ
次へ

第十話 「喫茶店」

scene-1 久し振りの自転車は、風が気持ちよかった。 お盆の帰省。特に予定もなく実家で暇を持て余していた私は、衣装棚からお気に入りだった麦わらのハットを見つけ、ちょっとお出かけしたくなったのだ。 ルートは‥高校時代、自転車通学で毎日通っていた道。そう言えば、あの喫茶店はまだあるだろうか? scene-2 あれから10年‥通学路を懐かしみながらペダルを漕いだ。蝉の声が心地よい。商店街を通過し、文具屋さんの角を曲がると‥あった! 学校帰り友人達と入り浸った喫茶店。制服の女子トークは青春の一コマだ。 でも私は、彼女達に内緒で、休日よく一人でこの喫茶店に通っていた。密かに憧れるウエイターのお兄さんがいたからだ。 scene-3 自転車を停め、ちょっとドキドキしながら店内に入る。 あー、変わっていない!テーブルも椅子も、壁に掛けられた絵さえも‥。 そして「いらっしゃいませ」の声‥!? えっ?目の前に憧れのお兄さんがいた。あの時のままで。そんな‥嘘でしょ? 「こ、珈琲ください」 思わず声が裏返る。胸の鼓動が高鳴り始めた。 scene-4 なんで歳とらないの?いや、そんなことあるはずない。そっくりさん?‥違う。弟だったりして‥珈琲をすすりながらチラチラ彼を見た。 なんか切ない! あの時と同じだ。十代、少女の私はこんな風に、この喫茶店でひとり胸を熱くしていた。大切な私の思い出‥ だから声をかけずに店を出た。 高校時代、喫茶店に憧れた人がいた‥今はその弟さんがウエイターをしている。そんな空想で十分。いや、すごく素敵なことだ。 夕景の街並み、なんだか気分のいい私は思いっきりペダルを漕いでいた。 end
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加