10、強いひと

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10、強いひと

 数か月前、地球にやってきたばかりのオレは、落胆していた。  ゼルネラ星から遠く離れた辺境のこの惑星は、ビックリするほどいい星だった。住みやすいし、景色も美しい。特に緑茶とスイーツのうまさといったら……感動するくらいだ。これまで3万以上の星を制覇してきたけど、あんこのほっこりする甘さなんて最高の美味ですよ。  だけど地球人は……弱すぎた。  環境が良すぎるんだろうな。弱くても生きられるから……。肉体のサイズも小さいんだけど、オレが縮小化しても話にならないくらい弱かった。これじゃあバトルしたところで、宇宙最強を誇るゼルネラ星人の名に傷がつくだけだ。  そのヘン歩いているひとに、強いヤツを聞いては、探して出して腕試ししてみたけど……レベルが違い過ぎた。 ボクサーとか空手家? うーん、逆に殺さないようにするのが難しすぎたよね……。 警察官? あー、なんか撃ってきたけど、道具使わなきゃ光線すら発射できない時点でお察しでしょ。  宝石みたいに美しい星だけに、オレは無念だった。諦めきれない気持ちがあった。 まだ、他の宇宙人たちが誰も気付いていないであろう、この掘り出し物を自分のモノにしたい……でも闘うに相応しい相手はいない……。 「……ねえ」  すでに黒岩亜久人としての姿で地球人に擬態していたオレは、猫背をさらに丸めて、道行く人々に尋ね回っていた。どこかに、強いヤツはいないか、と。  ツーサイドアップにした黒髪を赤いリボンで束ねた制服の少女に、声を掛けたのは……ちょっとその見た目に惹かれた、のは否定できないかもしれないな。 「地球上で、一番強いひと、知らない?」 「知っているわ」  これが津口炎乃華とオレが、初めて交わした会話だった。  今思い返しても、即答した炎乃華にはビビるぜ。迷いも、考える様子もなかった。 「マイティ・フラッシュが、世界中の誰よりも強いよ」 「マイティ・フラッシュ?」  首を傾げるオレに、炎乃華はエヘンと言わんばかりに胸を反らして頷く。 「……それってさ、特撮番組のヒーローかなんかじゃないの? ビクトリーレンジャーみたいな」  大きく見開いた切れ長の瞳が、みるみるうちに輝き出した。  よほど感激したんだろう。いきなり話しかけてきたヘンなヤツ、であるはずのオレの手を、炎乃華は両手で握り締めてきた。 「えッ! どうしてVレンのこと、知ってるの!? まだ一般公開されている情報は少ないのに!」 「ぶ、ブイレン? あ、ああその……初めてテレビで戦隊モノ見た時、うっかり勘違いしたというか、その……」  お恥ずかしい話、たまたま家電販売店で見た特撮番組を、オレは本物のニュースかなにかと間違えたのだ。しょうがないでしょ、ゼルネラ星にはテレビとかないんだから。  おお、やっぱり侵略宇宙人と闘う防衛組織とかあるんじゃん! 早く教えてくれよ~、なんてウキウキしながら、実在しないヒーローを探し回ったよね。  でもって、春からの新番組をロケ中だった撮影クルーを探し出し……勘違いに気付いたワケ。  その時ついでに監督やらキャストの皆さんやらにサインとかも貰ってきたので(いや……地球の有名人だと思ったら、テンション上がっちゃってさ……)、新たな戦隊についてはちょっと親近感が湧いていたのだ。 「ビクトリーレンジャーじゃなくて、Vレンジャーって略すのが正しいのよ。特オタはVレン呼びが定着しつつあるわ」 「は、はあ……」 「私ね、実はモモビクトリー役に決まった桃山スミレ様に以前から注目してて……あの方が戦隊ヒロインになったら、きっと最高に似合うって思ってたの! だから今度のVレンは放映前から楽しみで仕方なくて……」  下校時間だったためか、制服姿の高校生たちが他にも多く路上には溢れていた。そんな彼らの姿など見えていないかのように、炎乃華は気にせずはしゃいでいる。  周囲の連中が黙って通り過ぎながらも、チラチラこちらを覗き見ていく。たぶん、炎乃華の美少女ぶりもさることながら、会話の内容が内容だったからだろう。  初対面のオレに対し、楽しそうに話し続けるのは……特撮番組の話を、目一杯できる相手が他にいなかった、からに違いなかった。 「桃山スミレって、このサインのひと?」  当時のオレは、炎乃華の寂しさなんて理解できるわけもなかったから、貰ったばかりのサイン色紙を取り出したのは、ほんの気まぐれだ。 「きゃあああッ!? ウソ! なんであなたが持ってるのッ! 凄すぎる~ッ!」 「ちょ、ちょっと声デカすぎ……」 「あなた、何者なの!? ウチの制服着てるってことは、同じ学校なのよね? 今まで知らなかったわ、こんな熱心なファンが近くにいたなんて……」 「高校生にもなって、特撮だってよ。バカじゃねーの」  突如浴びせられた声に、それまで輝いていた炎乃華の笑顔が、一瞬で硬直した。  直接言われたのはオレじゃないのに、胸の奥がギュッと締め付けられたようになる。  蒼白になっていく炎乃華の顔を見ていると、銃弾なんかじゃビクともしないオレの胸に、チリチリと痛みが生まれた。
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