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13、友達
「黒岩くん。君には本当に感謝しているよ。いつも炎乃華のことを、ありがとう」
ロマンスグレーの髪をオールバックにした紳士は、高校生の姿をしたオレに、深々と頭を下げた。
「え、いやその……ボク、別になにも……」
「あの子が友達を家に連れて来るなんて、君が初めてのことなんだよ。あんなに楽しそうにしている炎乃華を見るのは……もう何年ぶりだろうなぁ」
パチパチと瞬きする炎乃華の父親の目は、真っ赤になっていた。
「これまでずっと、炎乃華はひとりだったからね。本当にあの子には、苦労をかけた」
「で、でもおじさん……炎乃華ちゃん、大人気ですよ? ひとりどころか、最近は世界中の誰もが応援してる有名人で……」
おやじさん、テレビ業界のひとだと炎乃華に教えてもらったけど、あまり世情に詳しくないのかね? 自分の娘が超人気アイドル並みの存在だってわかってないのか?
「ファンはたくさんいるかもしれないけど、友達と呼べるのは黒岩くんだけだよ」
その言葉に、オレは先程炎乃華に言われた台詞を思い出していた。
ずっと友達でいて欲しい、か……。
これまで炎乃華の周りには、アイツの特撮話をちゃんと聞いてくれる者が、きっといなかったのだろう。
ルックスに恵まれ、運動神経も学校の成績もよく、家は経済的に安定していて、父親からは溺愛される……。しかもマイティ・フレアになってからは、国民的大スターといっていい扱いを受けていたのだ。誰がどう見ても、炎乃華は幸せなはずだった。
だが、それは。本当に、炎乃華が求めていた幸せだったんだろうか?
母親と同じように巨大ヒロインとなり、敵であるオレの配下の巨獣たちに勝った時でさえ、マイティ・フレアが今日のように笑っているのを見たことなどなかった――。
「妻を亡くしてから、娘には苦労ばかりかけてきてね」
キレイに整えた髭の下で、炎乃華の父親は唇をギュッと噛んでいた。
「あんな形で光梨が……妻が旅立ったものだから、あの子が特撮番組に興味を持つのも仕方がなくてね。仕事で忙しいことを言い訳にして、あの子にはほとんどかまってあげられなかった。せめてと思って、特撮関連のものは欲しがるままに与えてきたんだが……」
「……でも、炎乃華ちゃん……今じゃお母さんと同じ、正義のヒロインじゃないですか」
後悔している様子の父親を励ましたくて、オレは言った。
「おじさんがそうやって、炎乃華ちゃんの特撮好きな気持ちに応えたから……ああやって、マイティ・フレアになれたんじゃないですか?」
本当はオレのマナゲージをひとつあげたからだけど……。
おやじさんに、少しでも喜んでもらえたらと思って、オレはウソをついていた。
「……そうなのかね?」
「は、はい。奇跡が起きたっていうか」
もちろん、そんな奇跡など、あるわけないんだが。
「……黒岩くんは、炎乃華がマイティ・フレアになったのは、いいことだと思っているのかい?」
「え? だって、炎乃華ちゃんは憧れていたんですよね? お母さんみたいな巨大ヒロインに……しかもいまや、大人気だし」
「私は炎乃華には……できればすぐにでも、マイティ・フレアなどやめて欲しいと思っているよ」
……え?
あれ、聞き違いかな。今おやじさん、炎乃華が巨大ヒロインになったことが、嬉しくないみたいに言ったような……。
「闘いが終わった夜、あの子はいつも唸っているんだ。寝ると身体中が痛むらしい。起きている間は気丈に振舞い続けるんだが……」
マジ、なのか?
そんな話、初めて聞いたぞ。いつも炎乃華は、闘いの後平然としてたじゃないか。
「私はもう、あんな苦しそうな呻き声は聞きたくないんだよ。私のせいで、炎乃華がマイティ・フレアなんかになったのだとしたら……なんと罪深いことをしてしまったんだ」
一瞬、目の前の視界が暗くなった。
耳鳴りがキーンとして、ふわふわと身体が浮いたようになる。薄暗くなった視界は、ぐるぐると回り始めた。オレの身体は、オレのものでなくなったかのようだ。
罪深い……?
炎乃華は、母親に憧れ……巨大ヒロインになりたかったんだろ? オレはその願いを……叶えてやっただけ、だよな?
「そ、そんなこと、ないですよッ! だってマイティ・フレアのおかげで、地球が助かってるじゃないですか!」
最終的には自分の手でマイティ・フレアに勝たなきゃいけないことも忘れて、オレは叫んでいた。
「地球を守るヒロインに、炎乃華ちゃんはなってるじゃないですか! お母さんみたいに! 立派ですよッ! すごく立派なことですッ!」
「……そうだね。今の状況はあの子の望み通りだし、マイティ・フレアが皆さんのお役に立てていることは、私もよく理解しているつもりだよ」
父親の台詞に、オレは一瞬、安堵しようとする。
「でも、ね。ひとりの親としては……娘の苦しむ姿なんて、見たくないものだよ」
そっと呟かれた一言に、オレは返す言葉を探し出すことができなかった。
炎乃華がいつまで経っても戻らない異変に、ようやく気付いたのはその時であった。
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