2、巨獣ゼネット

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2、巨獣ゼネット

 マイティ・フレアの胸の中央で、丸い結晶体が赤々と光を輝かせる。よく目を凝らすと、透明な水晶のなかで、溶鉱炉のように炎が燃えたぎっているのが見えるはずだ。  これがマナゲージ。マイティ・フレアの動力源ってわけだ。  その名の通り、深紅と白銀のヒロインは炎の力でその巨体を動かしている。胸の結晶体はエネルギー供給の中心地であり、弱点でもある。ちなみに3分とかって制限時間はないからな。  弱点をさらけ出すなんて、それもこんなにわかりやすく敵に示すなんて、バカじゃないの? って思うだろ。オレも思う。  しかしこんな仕様になっているのは、それなりに理由があるのだ。マイティ・フレア自身が望んでいることだから、オレからは何も言えないけどさ。闘いの基本からいったら有り得ないけど、お好きにどうぞってヤツだ。 ま、どのみちオレは弱点なんか狙わないから、関係ないんだけどな。小娘ごとき力で圧倒できなくて、なにが最強の宇宙人だって話だよ。 「ゼネットよ、愚かな小娘を叩き潰すのだッ! お前の力を見せてやるんだなッ!」  一方でゼネットのヤツは、冷えた溶岩が集まってできたような、ゴツゴツとした体躯をしている。人型ではあるが、顔に表情はなかった。目も口も鼻もないからだ。ただ、鏡のようにギラギラと輝いている銀色の器官が、顔のほとんどを占めて埋まっている。  丸い鏡面に似た器官は、胸にもあった。こちらは大胸筋のほとんどを占めているため、随分と広く大きい。無機物と一体化している肉体は、馴染みがない地球人にはかなり違和感があると思う。マイティ・フレアの表情も、警戒してか、かなり強張っているようだ。 「私から、いきますっ!」  いやいや、だからね。わざわざ宣言しなくていいんだってば。  真面目すぎる性格というのは、戦士としては不向きなんだけど……きっと教えてやったところで直らないんだろうな。  これまたバカ正直に、真っ直ぐ自分より頭ひとつ高い漆黒獣に突っ込んでいったマイティ・フレアは、打撃の嵐を叩き込んだ。うん、やっぱりパンチもキックも、ずっとよくなっている。フォームもキレイだけど、きちんと腰が入っているから威力も十分だ。 「うっ? くぅっ……!? この巨獣はっ……!」 「ククク、どうしたマイティ・フレア? その程度か?」  だが残念だったな。ゼネットでなければ、今の連打で倒せたかもしれないが……溶岩が固まってできたような肉体は、山そのものかってくらいに硬い。  今までの巨獣とはレベルが違うことを、マイティ・フレアも理解しただろう。 殴った拳を、彼女は眉を歪めてもう片方の手で握っていた。パンチの威力にダメージを受けたのは、ゼネットではなく自身の拳の方だったというわけだ。 「フハハ! バカなヤツだ! パワーも、身体の頑丈さも、ゼネットは貴様を遥かに超えている! 今の貴様の実力では、太刀打ちできない相手というわけだなッ!」  瞳はいまだに強い光を放っているものの、表情を曇らせる深紅のヒロインをオレは嘲笑ってやった。 ザマミロ。ヘヘーンだ、オレ様の忠告を無視するからだ。  とはいえ、ちょいと気になることもあった。格闘戦で不利となると、つい光線に頼りたくなるだろうけど……ゼネットに光線を撃ち込んだりしたら、とんでもない大惨事になる。鏡みたいな器官が胸と顔についてるから、なんとなくヤバイ感じは伝わっているんだろうけどさ。  ヘタしたら、それでゲームオーバーだ。ここで彼女は死んじまうかもしれない。 ま、いずれマイティ・フレアはオレが倒すんだけど、物語としてはどうよ? ラスボスに辿り着く前に終わるって、どんだけ斬新なストーリーだっての。意外性狙い過ぎて、つまんなくなるパターンだよね。  まさかとは思うけど、万一に備えてオレは、彼女に再度忠告してやることにした。 「だがマイティ・フレアよ。貴様の必殺技であるフレアブラスターは、ゼネットには通用せんぞッ! そやつの胸にあるアトラクターゲートは、あらゆる光線・熱エネルギーを吸引するのだ! もはや貴様に勝ち目はないッ!」  こういうこと言うから、ネットで「ゼルネラ星人、アホじゃないの?」とかディスられるんだよなぁ……でもしょうがない。ゼネットの特殊能力は、マジでシャレにならねえもん。  アイツの胸に貼りついた、鏡のようにギラギラと光る器官は、ありとあらゆるエネルギーを吸い取ってしまうという恐ろしいシロモノなのだ。  ゼネットを倒そうとするなら、光線の類いに頼るのは絶対NGなわけ。パワーもタフネスも規格外なんだけど、それでも打撃か斬撃で叩きのめすしかない。スピードではマイティ・フレアの方が上回っているんだから、早まってフレアブラスターを使わなければ、最終的にはなんとかなるはずなのだよ。 「そんなことは、やってみなければわからないわっ!」  ……ん?  赤々と光り輝く右腕を、マイティ・フレアは真っ直ぐに伸ばした。  あれ、もしかして、またオレが挑発したと思ってる? やってみなくてもわかるよね? ゼネットの胸、いかにも反射しますよーって輝いてるよ? なんでも根性とか気合いだけじゃ通用しないって、高校生にもなったら学んでるはずなんだけどなぁ。 「フレアブラスターっ!」  ボゥンッ! と爆発の音がして、灼熱の炎が一直線に射出される。  ……発射しちゃったよ。躊躇なしかよ!  まるで消防車のホースから、ノズルを全開にして放水したかのようだ。水と炎で正反対だが。これがマイティ・フレアの唯一にして最大の必殺技・フレアブラスター。  制止する間もなく、炎の弩流はゼネットの胸の器官に直撃した。ギャギャギャンッ! と水晶の破片同士がぶつかり合うような澄んだ音色が響き渡る。  おい、マジか! よりによってそこ狙うかよ!?   もしかして、吸収の限界を超えるまで光線を撃ち込めば、アトラクターゲートを壊せるんじゃないか、とか思ってないよなッ? 地球のアニメやら漫画やらラノベやら見てると、そんなシーンがよくあるもんな!  ハッキリ言って、んなこと有り得ねーっての。 鏡に強い光を浴びせたら、より強い光が返ってくるだけだ。 「なッ!?」  ゼネットの顔、鏡面のごとき丸い器官が深紅に輝き始めるのを見て、彼女もようやく気付いたようだ。  だがもう遅い。ゼネットはたっぷり炎のエネルギーを吸収してしまった。撃ち込まれた分の熱エネルギーは、そのままゼネットの武器となる。  ゴオオォウッ!!  フレアブラスターの業火を凝縮し、真っ赤な火球へと変換したゼネットは、容赦なくマイティ・フレアに撃ち返していた。  それも……胸中央の結晶体、炎のマナゲージへと。  彼女にとっては、まさかの反撃だったのだろう。立ち尽くしたマイティ・フレアは、焦熱の塊をまともに己の弱点に受けてしまった。ドジュウッ! という泥沼に大砲が撃ち込まれるような音がして、丸い結晶から白煙が昇る。  ゼネットは知能こそ低いが面白い習性があって……攻撃してくる者にカウンターを必ず返すのだ。だから、ついた二つ名が〝漆黒のリベンジャー〟。 「あぐうっ――っ!? ……はああっ! あ、ああっ……‼」  ツーサイドアップの美少女が、切れ長の瞳を見開き、己の胸を掻き毟って悶絶する。  細かく脚がガクガクと震え、喘ぐ唇がパクパクと開閉を繰り返した。 そのくぐもった野獣のような悲鳴が、マイティ・フレアがたった一発にして絶体絶命の窮地に陥ったことを、如実に知らせていた。  それはそうだ。マナゲージは、マイティ・フレアにとっての動力源……命そのものといっても過言ではない。そこへ、まともに強烈な一撃を受けてしまったのだ。  炎のマナゲージに炎を浴びせたら、むしろエネルギーを補充できるんじゃないの? と普通は考えるよな。事実、そうなのだ。その通り。本来は、炎を受ければ復活するのが、マイティ・フレアという巨大ヒロインなのだ。  しかし物事には、適度な量がある。薬が身体にいいからといって、何十倍も飲んだら毒になってしまう。日光浴が身体にいいからって、虫メガネで焼かれたらヤケドするだろ?  マナゲージだって一緒だ。炎をエネルギーにするといっても、火力が強すぎると結晶体が耐え切れない。ゼネットの容赦ない火球は、そんな、受け入れ不能な一撃であった。 「あっ、あああっ……! う、そっ……!? こ、こん……なぁっ……!」  どしゃりと膝から崩れ落ち、マイティ・フレアは地面に直接座り込んだ。痛みを耐え切れないのか、大きな瞳は潤んで見える。  おそらく、彼女が巨大ヒロインになってから、初めて経験する苦痛だろう。死を実感するレベルの、激痛。 私は負けるのかもしれない、という焦りとショックが、青ざめた美少女の顔に貼りついている。
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