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6、ボクと握手!
「亜久人くんも、男のひとなんだね……どうせ私は、スミレさまとは持っているものが違いすぎるけれど。というか、胸饅頭ってなにかしら?」
しまった。スレンダーなボディの炎乃華は、バストに関してはとても巨大ヒロインとは呼べないんだった。形はいいんだけど。
少しぷくっと頬を膨らませた表情は、マイティ・フレアのときには絶対にお目にかかれないシロモノだ。うーん、コイツ、こんな子供っぽい顔もするのかよ……。
微妙な空気を変えるべく、オレは強引に話を元に戻す。
「いやその、えっと。ほ、炎乃華ちゃんが熱烈な特撮ファンってことは、ボクも認めてるよ」
「昨日のVレンだって、もう10回は見たんだから。午前に5回、夜に5回」
「え、あの闘いのあとに?」
おいおい、夜って。ゼネットに殺されかかった後じゃねーか。
「そうよ。10回はリピートしないと、伏線とか細かいキャラ描写とか、わからないでしょう?」
「で、でもさ、炎乃華ちゃん、昨日はけっこう苦戦してたよね? カラダ、大丈夫なの?」
「うふふ、平気よ。マイティ・フレアは、あれくらいの攻撃にはやられないんだから」
片目を閉じてウインクした黒髪少女は、両腕をあげてガッツポーズをしてみせる。
ウソつけ! 絶対昨日は、マナゲージを責められて苦しんでたね! オレが助けなかったら、ゼネットに負けてたね! ……負けたよな?
「……んまあ、とりあえず」
そっとオレは、開いた右手を突き出す。
なにげない仕草で差し出したつもりが、なんか妙に震えてしまった。あ、あれ? オレの掌、もしかして汗かいてる? なんで?
何時間も列に並んでたファンの連中じゃあるまいし……宇宙最強のオレ様が、こんな小娘と握手できるからって、緊張なんかするわけないだろッ!
……ったく、手汗が止まらないじゃねーか……
「勝利おめでとう。マイティ・フレア」
すまん、ゼネット。お前のケガはちゃんと治してやるから、見逃してくれぃ。
オレがゼルネラ星人とバレずにマイティ・フレアと友達になっておくには、こうした芝居も必要なのだ。だって身近にいた方が、弱点も探りやすいよね? 相手も絶対油断するよね?
あくまでも勝つために、オレは最上の作戦をとっているのに過ぎないのだ。策略。悪逆宇宙人の完璧な罠なのです。これは。ホントに。
え? 実力で完全に勝ってるんじゃないかって? 弱点は狙わないって言ってた?
……なにを騒いでいるのかね、亜空間のゼネットくん。獅子はウサギを狩るにも全力を尽くす、ってこの星に来て習ったでしょ。君、あんまりうるさいと本当に消すよ?
「……大人気のアイドルヒロインと握手するには、整理券が必要だったかな?」
なぜか固まって動かなくなった炎乃華に、オレの心臓はドキリと高鳴った。
しまった。調子に乗りすぎたかな。ただ特撮好きって理由で仲いいだけで、オレたちは友達……いや、知り合い以上の関係じゃないんだもんな。
飛ぶ鳥を落とす勢いの守護女神さまは、今のオレとは身分が違いすぎる。地球人に化けてるオレの姿、ダサイし。
かといって正体を晒したら、握手どころか闘いになっちゃうもんな。
まあ、いいや。どうせ本気の勝負で叩きのめした後は、なんだってやりたい放題できるんだ。今、握手ごときができなくたって……
「なに言ってるの。握手なんて、いくらでもするよ」
微笑を浮かべた炎乃華は、両手でオレの右手を握りしめた。ギュウッと。力強く。
細くてしなやかな彼女の掌は、1000回の握手を経て、パサパサに乾燥していた。
「……ありがとう。マイティ・フレアの勝利を、讃えてくれて」
「ま、まあ、そう言われるとちょっと複雑な気持ちも、なくはないけど……」
「……私ね、本当のことをいうと、今回ばかりはもう……」
「え?」
「う、ううんっ! なんでもないっ! マイティ・フレアは絶対に負けないんだからっ! これからも応援してね、亜久人くん」
笑っていながら、炎乃華の眉は八の字を描いて垂れ下がっていた。
不思議な表情だった。ゼルネラ星人のオレには、地球人の感情が、いまひとつ理解できないところがある。
なぜ声を弾ませて喋る炎乃華が、瞳になにか薄い膜のようなものを張っているのか、よくわからなかった。
「あ、そうだ」
ようやくオレは、本来切り出すべき話題を口にする。
元々、ひとり教室の隅で握手会が終わるのを待っていたのは、炎乃華に伝えたいことがあるためだった。なんだかんだで、話すきっかけが掴めなくて……今までかかってしまった。
「炎乃華、ちゃん? えっと、今度の日曜日、ヒマ……じゃないよね? 疲れているから、休みたいよね?」
「え? 日曜日?」
「あ、あはは。芸能のお仕事もきっと入ってるだろうし、武術の道場にも通ってるんだっけ? ヒマなわけ、ないよね? 1、2時間くらい、ちょっと時間空く……わけないよね? 忙しいもんね。あははは……」
「どうしたの、亜久人くん? なにかあるの?」
眼が泳ぎまくるオレに対し、炎乃華はじっと凝視してくる。
まだ繋いだままの手を、キュッと握られると、なんだか勇気が湧いてくる気がした。
「その、マイティ・フラッシュの過去映像が手に入りそうなんだ……一緒に見ないかな、とか思って……」
「見るっ! 見るっ! 絶対見るっ! 大丈夫だよ、予定なんか空けられるからっ!」
ドキドキしていた自分がバカみたいに思えるほど、炎乃華の返答は早かった。
「すごい、ネットにもどこにも見つからなかったのに……よく探せたねっ! ありがとう、亜久人くん!」
ブンブンとオレの右手を握ったまま振る炎乃華の表情は、今度ばかりは掛け値なしの笑顔だった。
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