7、マーくん

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7、マーくん

 ひとり暮らしのアパートに帰ると、鍵がすでに開いていた。  はぁ~。またか。マーくんのやつ、オレが留守の時は勝手に入るなって言ってあるのに。 「やあ、おかえり、アッくん! 今日はちょっと遅かったねえ?」 「……ただいま。ってあのな、マーくん。ひとん家勝手に入るの、やめろっての! いい加減、マジでキレるからな!」 「ええー。だってねえ、ここは政府の防衛費で借り入れてるんだよ? 正式にいえば、国の固定資産になるから。僕たちが使っても、まるで問題ないはずだよ」  緑茶をすすっていたオールバックの初老の男が、帰宅したオレを迎えてくれた。その両サイドには、マッチョなデカブツふたりが、直立不動で立っている。ちゃぶ台を前に胡坐をかいた男のリラックスぶりとは、対照的な緊張感だ。  ただでさえ狭いオレの家は、3人もの来客のせいで、圧迫感を覚えるほどだ。もーう、ジャマジャマッ! 「マーくんさ、いつも言ってるけど、こいつら外に出してくんない? 男性ホルモン臭いんですけど」 「ええー、だって彼らも仕事なんだよ? 僕に万が一のことがあったらねぇ」 「宇宙最強のオレがいるのに、万が一なんてあるわけないだろッ!」  どんぐり眼をキョロキョロと動かした男は、しぶしぶといった様子でボディーガードたちを家の外、階段下に待機させる。カンカンと錆びついた階段が、うるさく鳴り響いた。  このオッサン、清木政治(きよきまさはる)。職業、内閣総理大臣。  名前からしていかにも政治家になるために生まれたっぽいけど、家柄はまったくの庶民の出身。運がいいのか悪いのか、望んでないのにこの国のトップに立っちゃった男だ。  政権交代間違いなし、という時期に、誰もやりたくないっていうもんだから、ムリヤリ総理に押し上げられた可哀想なひと。ま、いわば生贄といいますか。首切られるのが前提で、事実、内閣支持率とか一桁だったらしい。人柄がいい、ってだけがウリのひとだから、うまく利用されたんだろうなぁ。  ところが、そのタイミングでオレとマイティ・フレアが出現したもんだから……選挙どころじゃなくなって命拾い。  そうこうしているうちに、マイティ・フレアの人気が爆発して、景気拡大。でもってオレが、たまたま最初に壊した場所が再開発の候補地だったらしくて……これまたかえって、経済が好循環に。  支持率が爆上げしたもんだから、いまやすっかり名宰相の貫禄ですよ。 「いや~、アッくんとフレアちゃんには、足を向けて寝られないよねえ」  が、このひとの口癖になってる。もちろんオフレコだけどね。  無用な殺生をしたくないオレとしては、この星のトップの連中と話をつけておくのは、とても有意義なのだよ。こうして衣食住、不自由なく暮らせるからな。力づくで奪うメシは、あまりうまくないもの。  接触を試みてきたのは向こうからだったけど、オレも進んで交渉のテーブルについたもんだ。3時間くらいだったかな? 予想以上にスムーズに、話はまとまったよ。  今じゃすっかり、地球一のマブダチはマーくんになってる。 「はい、コレ。例のブツね。国立図書館から探してきてもらったよぉ」  黒革のアタッシュケースから、マーくんは紙の束でまとめたビデオテープを取り出した。不必要に札束っぽい演出、やめて。  しかしイマドキ、ビデオテープかよ。ホント、どんな経路でこの映像、見つかったんだろう。ネットでもなかなか見当たらないわけだ……。 「おおー、スゲー。確かにマイティ・フラッシュのテレビ映像じゃん! さすがソーリだ!」 「大変だったみたいだよ~。なにしろローカルテレビ局が制作した深夜放送で、しかも視聴率低迷で打ち切りになったらしいからね~。マスターテープは見つからないし、当時録画していたひとも、ほとんどいなかったみたいだね」  宝箱でも扱うように、オレはアタッシュケースを丁重にしまった。よしよし、これで無事に日曜日を迎えられそうだ。  名前からわかる通り、マイティ・フレアはマイティ・フラッシュから、強い影響を受けて誕生している。というかぶっちゃけ、パクってる。マイティ・フラッシュが存在していなかったら、炎乃華が巨大ヒロインになることは、なかったかもしれない。  全ての特撮番組に必ず目を通し、ヒーローショーには子供たちに混ざって最前列で応援するのがデフォの炎乃華がなぜよりによってマイティ・フラッシュに、15年以上前に制作された超マイナー番組のヒロインに憧れたか……オレも最初は不思議だった。  その理由を知ってる今は、彼女がマイティ・フラッシュの情報を躍起になって探しているのもよく理解できるんだけど。  マイティ・フレアが炎乃華自身の顔を晒している、なんて奇妙な姿なのも、マイティ・フラッシュを真似ているためだ。炎乃華に残るわずかな記憶では、その超マイナー番組の主人公は、人間体の顔のまま、巨大化していたらしい。きっと予算が足りなくて、マスクを造れなかったんだろうな……。 「ねえねえ、アッくん。そのビデオ、やっぱり炎乃華ちゃんと一緒に見るのかい?」  ちなみにマーくんは、炎乃華とオレが一緒のクラスであることも、オレが特撮の勉強して炎乃華に接近……いやいや、隙を窺ってることも、全部知ってる。なにしろ、転校の手続きやら、窓際一番後ろの席の確保やら、ぜ~んぶマーくんがやってくれたからな。 「マイティ・フレア応援委員会」もマーくんと深い繋がりがあるらしいけど、それはともかく置いといて。 「な、なんでわかった?」 「わかるよ~、そりゃあ~。だってアッくん、ホントは特撮番組なんて興味ないでしょ?」 「ぐ……い、いやいや、地球人のヒロイン像ってやつを調べるにはだな……」 「ふふふ、いいねえ~。青春だねえ~」  緑茶をすすりながら、ドングリ眼をスケベそうに歪めてやがる。  くそッ、そのお茶高いんだぞ! あんまり飲むな。
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