3:友達になろうと歩み寄る

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 結論から言おう。ミミとの二人旅はとても楽しかった。  レベルが99になっても、お金稼ぎに各地の魔物を倒して回る探求者は少なくない。ミミの話を聞いたところ、いつもパーティを組んでいるメンバーとは、一回の戦闘で、フィールドをうろついている小さな魔物数十匹分のお金を一気に得られる代わりに、かなりのプレイヤースキルの高さを必要とされる、高難易度の「手配モンスター」を相手取っていたそうだ。それは全滅したら、ミミだけでなく、全員の責任になるのではないか。  パーティは四人まで組めるが、今は「私」とミミの二人きりだ。それに時間もある。私は自分達のレベルより少し弱い魔物を狩りにいくことを提案し、ミミも快諾してくれた。  遠くから敵を射る『スナイパー』の「私」は、普段は後衛にいて盾役に守られているが、今は回復役のミミが倒されないように、前に出て守らねばならない。必然的に魔物の攻撃を受けて、体力が減ってゆく。  だけど、ミミはとても良いタイミングで回復魔法を使い、「私」の消耗を癒してくれる。防御力を上げる魔法を使うことも忘れていない。レベルの高いスキルを一切使わないのが少々気にかかったが、基本には忠実で、このレベルの魔物を相手にするなら、全く問題は無かった。  以心伝心で夢中になって駆け回り、気づけば一時間が過ぎていた。懐もだいぶ温まっている。 『やるじゃないですか!』 『ジュリさんのおかげですよ』  ハイタッチをする感情表現をお互いに出すが、タイミングが合わなくて、すかっ、すかっ、と手が空振りする。それがおかしくて、笑う感情表現をすれば、今度は同時に笑い出して、『こっちのタイミングが合うなんて!』と打ち込みながら現実の私も笑ってしまった。 『ミミさん、大丈夫ですよ。高難易度狙わなければ、全然いけますって』 『そうですか? 自信無いなあ』『無いです』  一瞬タメ口をききかけたミミが、慌てて敬語で打ち直す。だけどこの時には、私の中ではもう、ひとつの決意が固まっていた。 『ミミさん、自分にはタメ語で構わないですよ。さん、もつけなくて良いです』 『え、でも』 『ミミさん、自分より年上だと思いますから』  戸惑う感情表現を見せるミミに詰め寄る。彼女と離れがたい。彼女ともっと話したい。一緒に冒険をしたい。  そう、友達になりたい。  現実で人と付き合うことを諦めた私が、果てしなく久しぶりに、自ら人に歩み寄ろうとしている。そんな自分自身に、驚きを感じていると。 『じゃあ』  ミミが、笑いながら「私」を指差してみせた。 『ジュリさんも、さん付けと敬語無しで話してください。わたしだけなんて、不公平じゃないですか』 『えっ。照れ臭いですよ』 『わたしだって、今、すごく勇気を出して言ってるんですよ?』  それに、とミミは続ける。 『この世界で、現実のわたしたちが年上とか年下とか、関係無いと思います。わたしは、ジュリさんと対等な、友達になりたいです』 「私」が今感情表現をしていたら、現実の私と同じ通り、心底びっくりしていただろう。私が思っていたことを、ミミも思っていてくれた。それがすごく嬉しくて、喜びの細波が、最近荒んでいた心の浜辺を洗ってくれる。 『じゃあ。同時に行きましょう』 「私」はカウントダウンシステムを立ち上げる。20秒前から開始だ。 『えっ。まだ心の準備が』  ミミが感情表現をする余裕も無くそれだけ打ち込んで黙り込む。その時点で、残り10秒。  3、2、1。 『よろしく、ミミ』『よろしく、ジュリ』  挨拶まで一緒。これはもう、運命の出会いと思うしかない。 『私たち、上手くやっていけそうじゃない?』 「私」が顎に手を当てて小首を傾げると、ミミが軽い驚きに目をみはる。一体何だろう。不思議に思っていると。 『ジュリ、本当は自分のこと「私」って呼ぶんだ』  ミミがふにゃりと笑み崩れる。しまった。つい素が出てしまった。だけど放ってしまった言葉は、しっかりチャットログに残って消すことができない。 『ちょっと無理してるのかな、って、何となく感じてたから』  完全に見抜かれていた。この一時間だけでわかるとは、ミミはもしかしたら、心理系の仕事をしていたか、そういう勉強をしていたのかもしれない。 『わたしの前では、普通にしてていいよ。わたしも、そのままのジュリを見ていたい』  心臓がどきりと高鳴る。まるでこれは告白みたいじゃないか。現実で男子に告白したこともされたことも無いのに、まさか出会って二日の同性(たぶん)にこんなに踏み込んだ発言をされるとは。頬が赤くなるのが「私」に反映されなくて、本当に良かった。 『わかった、ありがとう。じゃあ、まずは友達から』  このゲームには、友達申請ができるシステムがある。友達同士になると、相手がゲームにログインしているか、どこにいるか、詳細がわかるし、友達専用のチャットチャンネルを持つこともできる。「私」から友達申請を出し、ミミが了承する。 『ミミ・サファイアが友達になりました』  軽やかな効果音と共に、そのメッセージが画面に表示される。それだけで、胸が躍る気持ちになる。 『今日は楽しかった、ありがとう』  ミミが万歳をして喜びを表現してくれる。 『折角だから、次に会う日も決めちゃわない?』 『ジュリは、時間は大丈夫? 用事とか無い?』  それを訊かれると、胸がずきりと痛む。現実の私の今を思うと、引きこもっている自分がみじめになるから。だけど、ミミの期待を裏切りたくない。心の鈍痛を押し込めて、『大丈夫。いつでもいいよ!』と努めて明るく返すのだ。 『じゃあ、明日の午前十時に。また、大水車の前で』 『オッケー』  ミミにまた会える。一緒に冒険ができる。その昂揚感が、鬱々とした諸々を流し去ってくれるようで、現実の私は、誰も見ていないのを良いことに、満面の笑みを浮かべていた。
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