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4:楽しい時間は夢のよう
翌日。私はいつもより早く起きて、母親が朝ごはんを部屋の前に置きに来るのを待つ勢いだった。お盆が置かれて母親が階段を降りてゆく音を聞き終えると、ごはんを部屋に引き込み、かき込むように食べて、空の食器を部屋の前に置く。
ペットボトルの麦茶をパソコンの隣に用意して、時間を確認する。
九時半。
約束の時間にはまだ早いけれど、ミミに会えるのが楽しみで、時間までぼうっとしていれば良いかと、ゲームにログインしてしまった。
「私」は水の国の大水車へ向かう。こんなにどきどきしているのは、カクルラにギルドへ誘われて、ギルドルームに初めて入った時以来だ。どんな人たちがいるのだろうか、上手くやっていけるだろうか。不安と緊張で胸が張り裂けそうで、
『みんなー、新入り連れてきたよー』
とカクルラが陽気にルームに入った途端、
『えっ新人?』『マジ!?』『やったーようこそー!』『わー、初心者の星ついてる、新鮮!』『わからないことがあったら何でも聞いてね!』
と、ギルドメンバーが温かく迎えてくれた時には、深い安堵の息をついたものだ。まあ、その直後にヒトシがザックを押しのける勢いでしゃしゃり出てきて、なんだこいつは、と不愉快になった思い出も付随するのだが。
そんなことも思い出しつつ大水車の前に辿り着いた時。
『えっ』
友達専用チャンネルで、ミミの名前とその言葉が、チャットログに表示される。こっちもびっくりしてカメラを回せば、ミミが驚きの感情表現をして「私」を見つめていた。
まさかいると思わなかったのは、相手もだろうか。しばらく無言の時間が流れる。何を言おうか。逡巡した末に出てきたのは。
『おはよう』
の一言だった。
『うん、おはよう』
ミミもそれしか言いようが無かったらしい。
『あの、楽しみで、早く来ちゃった』
照れる感情表現をしながらそれを打ち込めば、ミミも照れる表現を返してくれる。
『うん、わたしも。ジュリに会えると思ったら、楽しみで、眠れなくて』
『何時にログインしたの?』
『八時、かな?』
今から一時間半前、約束の二時間前だ。さすがに浮かれすぎではないかと思うが、ミミがそれだけ「私」に会うのを楽しみにしてくれていたことが嬉しくて、喜ぶ感情表現をしてみせる。
『じゃあ、約束の時間はまだだけど、もう始めちゃおうか』
『うん。どこに行く?』
ミミに問われて、私は少し考える。会う約束は取り付けたが、具体的に何をするか決めていなかった。とはいえ、このゲームで探求者はほぼ自由だ。できることは多い。
だが、いきなり難しいことに挑戦して、何度もヘマを踏み、不仲になった挙句、友達解消をするプレイヤーが多いのもたしかだ。まずは昨日の復習といこうか。そう結論づけた私は、キーボードに手をかける。
『とりあえず、またお金稼ぎする?』
『いいよ!』
打ち込んで三秒くらいで返事が来て、ミミはタイピングが苦手ではなかったのか、と、またもや驚いてしまうのだった。
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