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昨夜とは違う地域で、違う魔物を相手取って、小一時間。戦い方は変わらず、私が敵に攻撃し、敵の攻撃を受けて、ミミが回復と防御を担う。やはり高レベルのスキルを使わないが、ミミのクラス、セイントは、基本さえ守っていれば、盾役を倒れさせることはまず無いはずなのだけれど。彼女と今までパーティを組んでいたメンバー側にも大いに問題があるのではないかと疑問を抱きながら、お金稼ぎを終えた。
『とりあえずこれくらいにして、一休みしようか』
『うん』
二人揃って、炎の国の探求者交流場へ行き、適当なベンチに並んで腰掛け、道行くアバターを眺める。と、突然、アイテム譲渡のウインドウが開き、飲み物のアイコンが表示された。戸惑いながらも受け取ると、ミミが作ったことを示す銘の入ったコーヒーフロートがひとつ、所持品に増えている。
『何か飲みながら話したら、雰囲気が出るかな、って』
ミミが乾杯の感情表現をする。「私」も笑って乾杯を返して、コーヒーフロートを飲む。飲む、と言っても、アイテムにカーソルを合わせて、『使う』を選ぶだけなのだが、「私」はものを飲む動作をして、コーヒーフロートはアイテム欄から消えた。
『ミミは、ものづくりのほうが得意なんだね』
一息ついたところで、訊ねると、『うん』とミミがうなずく。そこで、最初から疑問に思っていたことを、改めて問いかける。
『戦闘で強くなりたいと思わない? いつも馬鹿にされてたみたいだから。ほんと、初心者向けのスキルの使い方を説明している良いサイト、いっぱいあるよ。私もそれで勉強したし』
高校の勉強を放り出した私が勉強なんて、おかしいものもあるけれど、ミミにも向上心はあるんじゃないだろうか。そう思って発した問いに。
『ありがとう』
ミミは少し寂しげな笑みを見せた。
『でもね、本当に、覚えられないから。気遣ってくれてるのに、ごめんね』
それきり彼女は黙り込んでしまう。これは、ミミにとって触れて欲しくない領域の話なのだと、今更悟った。オンラインゲームでとても嫌な思いをして、上達することを諦めてしまう人は沢山いる。そのままログインしなくなって引退、あるいはキャラクターを消去して、この世界に存在した証を無くしてしまう人もいる。
あまり押しつけては、私がミミをその一人にしてしまう。それはこのゲームのプレイヤーとして、やってはいけないことだ。
『こっちこそ、焦っちゃってごめんね』
『ううん』
それきり、しばらく無言の時間が流れる。気まずい。非常に気まずい。今日はもう解散にしたほうが良いだろうか。そこまで思い至った時、再びアイテム譲渡のウインドウが開いた。
受け取った物を見てみると、スタールビーのイヤリングだった。アーチャーのような遠隔攻撃クラスの能力値を底上げしてくれる、かなりレベルの高いアクセサリで、プレイヤーが商品を自由に売り出すフリーマーケットに出品すれば、そこそこの小金稼ぎになる値段で売れる逸品だ。それに、ミミの銘が入っている。
「えっ」
『えっ』
現実とゲームの中、両方で私と「私」は驚く。
『こんなレアアイテム、もらえないよ! お金払うよ!』
『いいの』
ミミが優しく「私」の肩を叩く感情表現をする。
『きっとジュリの赤い目に似合うと思って、ジュリのためだけに作ったから。もらっといて』
その言葉に、心臓がきゅっと縮こまるようだった。嬉しさが込み上げかけて、だけど、すぐに収縮してゆく。ミミはあくまで「私」のためにこれを作ってくれたのだ。私じゃない。
まだ友達になって二日目の、素性も知れない相手に付き合ってくれているだけで充分なのに、ミミに私を見て欲しい、構って欲しい、と貪欲になりすぎていた。そんな自分を恥じつつも、願いの妖精は私の周りを舞って、離れてくれない。再びチャットを打ち込む。
『明日もまた、遊んでくれる?』
二秒、三秒。
『もちろん!』
答えは、五秒で返ってきた。
こういう細やかな気遣いをしてくれるということは、ミミは女性なのだろう。ミミは現実の私が同性だとわかっているのだろうか。わかっていて、こんな風に親切にしてくれるのだとしたら、実は結構年上の、しっかり者なのかもしれない。
ぐるぐる思考を回しながら、『じゃあ、明日も十時に』と打ち込む。
『浮かれて早くログインしすぎないようにね』
と釘を刺せば、ミミの目が誤魔化すように泳ぐのだった。
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