4:楽しい時間は夢のよう

3/3
前へ
/25ページ
次へ
 それから、ミミとの逢瀬は毎日のように続いた。  朝十時、水の国の大水車の前で待ち合わせて、魔物退治に行く。ミミの腕前を配慮して、決して無理の無い場所へ。一緒に戦っているうちに、彼女の得意な立ち回りと、敵が変わるのも少々苦手らしいこと、両方がわかったので、あまり場所を変えずに同じ魔物を相手取って戦うようにした。 『退屈じゃない?』  試しに訊いてみたが、ミミは『全然! 楽しい!』と両の拳を握って気合いを入れる感情表現をしてみせた。  そう、これは逢瀬、デートだった。ミミと「私」の。  本当の名前も、顔も、どこに住んでいるのかも、どうやって生きてきたのかも、何をして生きているのかも、何にも知らない、現実で出会うはずの無かった二人が、インターネットを介して邂逅し、アバターで笑い合っている。会うのを楽しみに生きている。  ミミのことをもっと知りたい。ミミに私のことを知って欲しい。ずっと一緒に遊びたい。あわよくば現実で会って、現実でも友達になって、沢山の話をしたい。  そんな欲が大きくなって、ミミと会うためだけにログインし、ギルドにも顔を出さずにいたら、カクルラから友達専用のチャンネルでチャットが飛んできた。 『大丈夫? ログインはしてるみたいだけど』  それで気づく。一週間、ギルドルームに行っていなかった。顔を出しづらい気持ちを抱えながらも、心配をかけたことを詫びるため、『ソキウス』へ向かう。  最近は、ミミとの約束に遅れないよう、朝早く起きるので、夜も早く寝るようにしていたが、久々に深夜の時間帯にログインする。朝と夜では、アバターの顔ぶれも違う。名前は覚えていないがこの顔はいつもここで腕組みしていた人だな、などと思いながらギルドルームに入室する。 『おつです』 『あっ、ジュリ!』『おひさ~』『元気してた?』  いつも通り、「私」を装って挨拶をすれば、メンバーたちの明るい返事が飛んでくる。  だけど。  いつも通り財宝タワーの上に陣取っているヒトシは、「私」を凝視して黙り込んでいる。いつもなら、一晩ログインしなかっただけでも、『何だよ、サボりやがって!』などと絡んでくるのに。居心地の悪さを感じていると。 『お前』 「私」とヒトシにしか聞こえないチャンネルで、奴が話しかけてきた。 『男でもできたのか?』  その言葉に声がついていたら、ひどく低い、肉食獣が獲物を追い詰めるような音だっただろう。恐怖を感じて、私の腕にぞわりと鳥肌が立つ。  だけど、ミミとのことは私の事情だ。わざわざこいつに教えてやる義理は一切無い。 『あんたには関係ない』  それだけを返し、ヒトシとのチャンネルをオフにする。これ以上問い詰められたくなかったし、私が出会った楽しさを、他の奴に分けてやりたくなんてなかった。  ルームの定位置に座る。ヒトシがずっとこっちを見ている気配がしたが、気づかない振りをして、私自身が眠くなるまで、仲間たちの他愛無い会話をぼんやりと眺めていた。  幸せな時間が続けば良い。  だけど、不幸は幸せの二倍あると、受験の時に思い知ったのに、私はそれを忘れていた。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加