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5:ミミの秘密
次の日は日曜日だった。夜更かししてしまったゆえの眠気をエナジードリンクで誤魔化し、いつも通りミミとの待ち合わせ場所へ向かう。
ところが、大水車前に、見慣れた猫耳はいなかった。いつもと場所を変えたのか、カメラを回してみるが、ミミの姿は視界に入らない。
即座に友達一覧を開く。ミミ・サファイアの名前は光っていて、ログインしていることを示している。そして、友達なら現在位置がわかるのでそれを確認し、私はぎょっとした。いつもミミと二人で行っているよりはるかにレベルの高い魔物――それこそ「手配モンスター」――がうろついている地域にいる。
そんなところにミミが行ったら、高レベルスキルを使いこなせない彼女はあっという間に倒れてしまう。どうしてそんなところにいるのか、皆目見当はつかないが、とにかく手助けに行かなければ。私の中の正義感が雄叫びをあげた。
友達専用チャンネルでチャットを送れば良い、という考えは、頭から吹っ飛んでいた。場所移動の魔法を使って、ミミがいるだろう地域の街へ行き、見当をつけて森の中を走る。一人でこの辺りの魔物を相手取るのは、「私」でも難しい場合があるので、敵に見つからないように時折遠回りをしながら。
そして木々が開けた水場で薄茶の猫耳を見つけた時、私はいつかの繰り返しを見ているのではないかと錯覚した。
『またお前のせいで失敗したじゃねえかよ』
『久々に遊んであげてるのに、全然成長してない』
『やる気あんの?』
街のように、周囲に他の探求者がいないからか、比較的広い範囲に届くチャンネルのチャットで、責め立てる言葉が垂れ流しになっている。三人の探求者が取り囲んで、蹴りを入れたり、殴ったりしているのは、間違いなくミミだった。
『ミミ!』
「私」も広範囲チャンネルで叫ぶ。ミミだけでなく、彼女をいじめていた、よくパーティを組んでいるらしき連中(顔も名前も覚える気は無かった)が、「私」に視線を向ける。
『ジュリ?』
ミミが不思議そうに小首を傾げた。何故ここに来たのだろうか、というニュアンスを含んでいる。でも、訊きたいのはこっちだ。
『約束したでしょ、いつも通り十時! なんですっぽかして、こいつらとこんなところにいるの!?』
沈黙が落ちる。五秒。十秒。
『あっ』
ミミが動揺の感情表現を挟んで、それきり押し黙った。『あっ』じゃないだろう。他に言うことがあるだろう。なのに彼女は何も喋らず、棒立ちになっている。
『ミミはお前なんかと遊びたくないってよ』
ミミを取り囲んでいた連中の一人が、完全に嘲りを込めた調子でチャットを送ってくる。
『あたしたちとインの時間が合わないから暇つぶしにされてたんでしょ』
『それで友達気取り? 超ウケる~!』
『ウケる』『ウザい』『ダセエ』『キモい』
私を責め立てた現実のあいつらの声が、私の脳裏で反響する。ぐらぐらする。吐き気と耳鳴りがする。冷房をかけているのに汗がどばどば噴き出す。震える指をキーボードに置き、かろうじて打ち込む。
『ふざけんな!!』
そのまま、その場でログアウトし、パソコンをシャットダウンする。真っ暗な画面に映る私は、とても言葉では言い尽くせない、ひどい絶望顔をしていた。
結局私は、独りよがりの正義感を振りかざした、からっぽのままだったのだと、思い知った。
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