1:出会いは偶然だった

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 オンラインゲームのメインストーリーは適度なボリュームで、それが最新まで終われば、続きがリリースされるまで自由に、採集やものづくりをしたり、難しいバトルコンテンツに挑戦したりする。  謁見イベントを終えれば、今回のメインストーリーは完遂だ。城を出た「私」を動かす私は、少々の虚無感にとらわれながら、さてこの後はどうしようとぼんやり考えながら街の中を歩いていた。  このゲームには、幾つもの職業(クラス)がある。私は前に立って皆を引っ張ってゆく盾役や、戦場全体に気を配って皆を回復する癒し手は、性に合わないと自覚していたので、後方から弓で攻撃する『アーチャー』を選んだ。今は成長して上級クラスの『スナイパー』になっている。  かれこれ一年遊んできたので、レベルは最大になっているし、戦闘での動き方もわかっている。初めて挑むダンジョンや、大勢で遊ぶボス戦でも、そんなに大きなポカをかますことは無い。  しかし、戦うメインストーリーが終わってしまった今、ほかのことを探さないといけない。あまり手を出してこなかったものづくりをやってみようか。「当たる」アイテムを作れば、一攫千金も夢ではない。ゲームの中で、自分の家を持って、好きに家具を飾って遊ぶこともできるから、それを狙ってみようか。  そんな思考をぐるぐる回しながら別の街で通りかかった大水車の前で、私は異様な光景を見つけた。  三人のアバターが、一人のアバターを壁際に追い詰めて、蹴ったり殴ったり平手打ちをしたりしている。 そもそもこのゲームでは、ほかのキャラクターを攻撃するPK(プレイヤーキリング)は、固く禁じられているが、感情表現という手法で、いろんな行動を起こす事ができる。そしてそれは、自分で非表示操作をしない限り、自身と、周囲のキャラクターのチャット欄に表示される。三人は非表示にしていないようだ。名前と、「平手打ちした」「殴った」「蹴りを入れた」が連続でログに流れてゆく。これは明らかに、「他のプレイヤーの尊厳を損なわない」を破る規約違反だ。  いじめられているのは、ミミ、というキャラクターのようだ。取り囲んでいるキャラクターより小柄な、薄茶毛の猫耳と尻尾の生えた女子である。近くを通りかかるキャラクターは、足を止めない。気にも留めない。よくある小競り合いだと放っているのだろう。  ゲームの世界とはいえ、良識を守らねばならないのは、現実と一緒だ。私の中の正義感が震える叫びをあげた。私は咄嗟にキーボードに手をかけ、いじめ(わたしはこれをいじめととらえた)を行っているキャラクターの名前、場所、時間を、公式サポートの迷惑行為報告ツールで送信する。キータッチの速さには自信がある。一分も経たずに報告は終了した。  そして、彼らに近づいてゆくと、彼らに聞こえる範囲のチャットチャンネルを選んで。 『報告しましたから』  チャット欄にただそれだけを打ち込む。やおら、ミミをいびっていたキャラクターたちの動きが止まった。動かしている人間が、コントローラーでカメラを回して、「私」の姿を見ているのだろう。その間十数秒。 『あーあ、しらけちゃった』『余計なことしてんじゃねえよ、クズ』『お前もやってるくせに良い子ぶって、ゴミがよ!』  私にしか届かないダイレクトチャットで、反省の欠片も無い、心無い言葉が飛んでくる。 『真面目くさって、キモいったらありゃしなーい!』  脳裏でフラッシュバックする笑い声に、こめかみをおさえる。その間に、件の三人は、怒ったり、がっかりしたり、石を投げたり、という感情表現を挟みつつその場を離れていったので、頭痛をこらえながら追加報告を三十秒で終えた。
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