1:出会いは偶然だった

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 過去の幻影が消えると、ひとつ、深く溜息をつき、私はミミにターゲットを合わせ、パーティを組む誘いをかけた。パーティを組んでしまえば、周囲に聞かれないチャンネルで話ができる。  ミミは、しばらくぼうっと突っ立って、私の誘いを受けずにいた。何だこの間は。やっぱり、余計な手出しだったと困っているのだろうか。諦めて立ち去ろうとした頃、新しいパーティメンバーが加わる軽快な音が鳴った。  パーティメンバーになれば、更に詳細な情報が見られるので、早速パーティ一覧を開いてミミを選ぶ。ふむ。セイントレベル99か。このゲームの現在の最高レベルだし、セイントは癒し手の中でも、シスターというレベル1から始めて順番にスキルを覚えてから昇格できる、回復と防御のバランスも取れた、オンラインゲームが不慣れな人間にはうってつけのクラスだ。初心者中の初心者、というわけでもなさそうだ。 『ごめんなさい。無駄なお世話だったですか』  この子にも怒られるかもしれない。その確率を考えながらパーティチャンネルでチャットを打ち込む。ミミはしばらく棒立ちしていたが、やがて。 『いいえ。助かりました。ありがとうごじあます』  微妙な誤字を挟んだ返事が届いた。キータッチが得意ではないのだろうか。レベル99でも色んなことが不慣れなプレイヤーは、この世界的なオンラインゲームにはごまんといるし、かくいう私も、この一年間はメインストーリーを進めるのに一生懸命で、ものづくりのクラスには全然と言って良いくらい手を出していない。プレイヤーの練度は、人それぞれだし、それが当然なのだ。だが、それで揚げ足を取って馬鹿にすることは許されないし、過度の侮辱に対する報復はアカウントの永久凍結だと、このゲームを開発した運営会社も繰り返し警告し続けている。 『どうしてあんなことされてたのか、聞いてもいいですか?』  私の質問に、ミミはまたも黙りこくった。どうも言葉を探してチャットを打ち込んでいるからのようだと、ぼんやり気づく。キャラクターには何もせずに立っている時のポーズを変える機能もあるのだが、ミミはそれを設定しないで、デフォルトの棒立ちのままだ。かくいう「私」は、右手を腰に当て、やや斜に構えた、十代の少年にありそうな立ち姿で、返事を待つ。 『わたしのせいなんです』  やがて、ミミは語り始めた。 『わたしが、クラスのスキルを覚えきれなくて。何度も何度も同じところで失敗して、全滅して。今日だけじゃなくて、いつもそうだから、いつもああやって、怒られてたんです』  それだけ? それだけで、毎回毎回ぐちぐち責められるのか。私が試験で少しでも低い点数を取ってくると、『さぼって勉強してなかったんでしょ?』『ちゃんと復習したの?』『次は満点取りなさいよ』って、ちくちくちくちく刺してきた母親を思い出して、なんだか腹が立ってきた。 『それなら、ネットで攻略法を調べて、最適な立ち回りを覚えたあとは自己流に呑み込んじゃえば、楽じゃないですか。不慣れな人にもわかるいいサイト、知ってますよ。教えてあげましょうか?』  それをしてこなかったのだろうミミに、多少の苛立ちを覚えながら、首を突っ込みすぎだと思いつつも、URLを打ち込もうとする。ところが。 『ありがとう。でも。ごめんなさい』  ミミが、少し悲しそうに微笑(わら)う感情表現をした。 『わたしは、どれだけ頑張っても、これ以上は覚えられないんです』  私は憮然としてしまう。折角親切心を発揮したのに、「覚えられない」とはなから拒絶するとは何事か。だから立ち回りができなくて、仲間達に責められ続けたんじゃあないのか。 『わかりました。お節介ですいませんでした』  このセリフに声がついていたら、確実に棘を含んだ表現となっていただろう。「私」はパーティを解散すると、その場を離れて走り出す。カメラワークが背を向けていたので、ミミがその後どうしたかは、わからない。少なくとも、追跡されることは無かった。
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