1:出会いは偶然だった

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『よう、やっと来たな、ジュリ!』  ほかのメンバーが「私」に挨拶するより先に、部屋の角に作り上げられた財宝タワーの上で、さながら猿山のボス猿のごとく陣取っていた男が、ギルドチャンネルでチャットを送ってきた。その体躯はがっしりして大きく、日に焼けた肌とアフロの髪は褐色。ぎらぎら光るサングラスをかけ、現実がどんな季節でも、真夏の海辺にいそうなアロハシャツとハーフパンツを身に着けている。  ヒトシ。ヒトシ・サイコーと名付けられたそのキャラクターは、いるだけで威圧感を与えるアバターである。 『自分(ヒトシ)最高なんて名前つけてるの、イタいよね』  本人が不在の時、誰かがギルドチャンネルでぼやいた通り、ヒトシの物言いは誰に対しても横柄で、ギルドメンバーがルームにいれば、選り好んで女子に声をかけ、強引にパーティを組んで、リーダー気取りで冒険に出かけてゆく。 『なあなあジュリ、そろそろオフ会やろうぜ。マスクしないでいいんだからよ、派手に飲んで騒ごうぜ!』  こちらが『おつ』とおざなりな挨拶で素通りしようとしたところへ、ヒトシは饒舌に、配慮の欠片も無い言葉をまくしたてる。いつもこうだ。私はジュリの時は、一人称を「自分」にして、言葉遣いも言い切りにして、徹底的に男子を演じているのだが、こういう男はその手の嗅覚だけは鋭いのだろうか。「私」を動かしている人間が若い女子だと確信して、ゲーム内で積極的にパーティを組もうとしたり、執拗に現実で会う約束を取り付けようとしてくる。 「私」が、『迷惑をかけるから難易度の高い冒険はしたくない』『外では遊びたくない』とそっけなくはね除けても、懲りることはない。 『なーに、優等生ぶってるんだよ! 高難易度も男も、一発ぶち込めばすげーいい気持ちになって、やめらんなくなるんだからよ!』  あまりにも下品な物言いをして、ルームにいるメンバーをドン引きさせても、本人は全く意に介する様子も無かったのだ。 『あの節操の無さは絶対四十代以上の独身男。会社でも下ネタとおじさん構文を使って若い子たちに煙たがられてる、役職無し』  新しい女子メンバーが入る度に、会社を経営している二十七歳のイケメン、と吹聴するヒトシを、カクルラは呆れて肩をすくめる感情表現と共に評価した。彼女は高校卒業後から十数年中堅企業の事務をしている、というから、色んな男を見てきているのだろう。本性を見抜く勘はさほど間違っていないと思う。  更にヒトシの悪い噂は絶えず、外部ツールという、運営会社が厳しく禁じている、本来ゲーム内で使える以上の機能を取り入れて、PK(プレイヤーキリング)をしているのだ、とまことしやかにささやかれている。  だが、ギルドメンバーは実際にヒトシがPKをしているところを見たわけではないし、インターネット上で有志による不正報告掲示板を見ても、名前が挙がることは無い。それに加えて、リーダーのザックは呑気が過ぎるくらい穏やかな性格で、 『どんな人間にも欠点はあるよ。でも、それと同じくらい美徳もあるはずだ。皆だってそうだろう?』  と聖人みたいに皆を諭してしまった。そのせいで、表立ってヒトシを糾弾できる者はいなくなってしまったのだ。  このことが殊更ヒトシの増長を招き、『ザックが引退したらオレがリーダーやるからよ! 心配するな! 任せとけ!』と、何にも任せたくない豪語を、ザックがいる目の前でした。その時その場にいたキャラクターは、沈黙を貫くか、苦笑する感情表現を見せるばかりだった。心配しか無い。  ともあれ、「私」はヒトシからできるだけ距離を取った対角線上に配置してあるソファに腰掛け、腕組みをするポーズで、ヒトシが何かべらべら喋っているのも、ギルドメンバーが何か語り合うのも、上の空で聞いていた。だが、やがて、動かしている私自身に、眠気が襲ってきた。  ゲーム画面に表示されている現実時間を見れば、0時を過ぎている。 『自分、おちます。お疲れ様』  チャットに打ち込むと。 『ジュリ、おつー』 『また明日ね~』 『待てよジュリ、これからだろ、付き合えよ!』  仲間達やヒトシが返事をしてくる(一部『返事』ではないやつもある)中、ゲームをログアウトして、パソコンをシャットダウンする。ゲーム内の作り込まれた世界も、賑やかなBGMも消えて、真っ暗な画面に、髪が伸びっぱなしの冴えない少女の顔が映る。これが、ジュリではない私、高杉(たかすぎ)朱里(しゅり)の本当の姿だ。 「……ダッサ」  覇気の無い自分の顔に向け吐き捨てて、のろのろとベッドに向かい、布団に潜り込む。目覚ましはかけない。好きなだけ眠りをむさぼるのだ。  それが、私の今の環境だ。  来て欲しくない眠りのおばけが、きししし、と笑いながら覆い被さってくる。見る夢は、いつも見たくない過去だ。
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