2:私が「私」になったわけ

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 一日の休みが二日になり、三日になり、一週間になり、一ヶ月になった。  私はカーテンを閉め切った部屋にこもりっきりで、母親がこわごわ運んでくる三食を食べて、トイレとお風呂の時だけ部屋の外に出て、誰とも話さずに用事を終わらせ、後はぼんやりと布団の中で無為な時間を過ごした。  さすがに見かねたのだろう。どこにそんな貯金があるのか、兄がノートパソコンを買ってきた。ゲーミングパソコンという、かなりスペックの高いやつだ。私にはとても手が出せない。 「おれが学士の頃遊んでた、オンラインゲームをインストールしてあるから。お前のアカウントも作った。好きにキャラクターを作って遊びな。金のことは気にしなくていいから」  兄はそう言って、パソコンとコントローラを私の部屋に置いていった。院生で実習も多く、今はもうゲームをしている暇も無い兄の気遣いに感謝しつつも、ゲームなど、子供の頃、コンシューマ機を兄の真似をして触った程度の私にできるのだろうか、という危惧が頭に浮かんだ。しかも、オンラインゲーム。人と交流をして進めるものだ。  現実で人と接触することを拒んだ私が、ゲームの中で上手くやれるのか。不安に押しつぶされそうになりながらも、スマホで検索して調べたところ、かなりよく作り込まれたゲームらしく、評価はおしなべて高い。しかも、ある程度は人の手を借りずとも、所謂ソロ攻略で物語を進めることができるらしいことがわかった。  どうせ時間はたっぷりある。私はパソコンの電源を入れて、ゲームを立ち上げた。  その途端、私の世界は開けた。  現実と見間違う美しいオープニングムービーが流れる。青空の下、花が揺れ、鳥が飛んでゆく。これが全て、コンピュータで作られているのかと思うと、感動に打ち震える自分がいた。  ムービーが一通り終わった後は、ゲーム内での自分の分身、アバターを作る番だった。人間に近い種族、猫耳の種族、狼人間、人魚、竜人、巨人、などなど。種族は選び放題で、更には身長や体格、髪や瞳の色、鼻の高さから傷や刺青まで、かなり細かい作り込みができる。これは、かなりの数のプレイヤーを抱えるゲームだけに、他人とかぶらない唯一無二のアバターを作りたくなるだろう。  私は、人間の男の姿を選んで、「ジュリ」と名付けた。髪は短い黒、瞳の色は赤。身長は百六十八センチ。私自身と同じだ。顔の輪郭をいじって、十八歳くらいの少年っぽく見えるようにする。誕生日も自分と同じ。出身地も決められる。目に見える設定も、一見何に使うかわからない設定も、微妙な能力値の差になって出てくる、と検索した時に書いてあった。だが、本当に微妙なので気にしなくて良い、とも。  次は最初の職業(クラス)を決める番だ。初期に選べるクラスはそんなに多くないが、将来的に分化したり、イベントをこなすことで追加されたりして、最終的に、今は二十近いクラスが存在する。インターネットで「初心者向け」と書かれていたし、後でいくらでもクラスを変える事は可能なので、弓矢で遠距離攻撃をするアーチャーを選んだ。
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