2:私が「私」になったわけ

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 そしてゲームが開始して、はじまりの街に降り立った私は、ただただ圧倒された。  現実の外国でもこれほどの建物は無いだろうという城がそびえ立つ城下街。そこにいるひとびとには、皆名前がついている。最初からゲームを進める為に配置されているキャラクターもいるが、ほとんどが、中にプレイヤーがいて動かしている、アバターたちだった。  彼らが、生き生きと行き来して、仲間同士で話をしたり、感情表現で遊んでみたり。離席しているのか、それとも所謂そういう「なりきり」なのか、柱の前で腕組みし斜め立ちをして、道行くひとびとを観察しているかのように見える、豪華な鎧を着て大剣を背負った、右目に傷のあるアバターもいる。  人は多いが、初心者に対するゲームシステムの説明は丁寧で、まずどこへ行き、何をすればいいのかをチュートリアルで教えてくれる。小一時間ほど街の中でお遣い程度のイベントをこなし、どれくらいの角度でカメラを引けば見やすいか、チャット欄や体力魔力の表示はどこに置けばいいか、などを確認した私――いや、「私」ジュリは、いよいよ街の外へ魔物退治に出ることになる。  街の近くの敵は弱い、というのはRPGのセオリーで、レベル1の魔物がうろうろしている。「私」はその一体にターゲットを合わせ、狙い撃つ準備をすると、街の中にあったアーチャーの指南所で言われた通り、コントローラのボタンを押して矢を放つ。キャン、と本物みたいな悲鳴をあげて、ちいさな狼のような魔物は、その場にコロンと転がった。経験値とお金が入る軽い音がする。 「倒した……」  コントローラを握ったまま、私は思わずつぶやいていた。自分の手でキャラを動かし、つかみ取った、最初の勝利だ。ただそれだけなのに、中学三年生の二学期の期末試験で一位を取った思い出が、ぶわっと脳内に蘇る。一年以上ぶりの成功体験に、手が震えて。画面の中の夕暮れ、地平線の向こうに消えてゆく太陽があまりにも綺麗で。  気づけば私は、「私」をその場に置き去りにしたまま膝を抱えて泣いていて。そのせいで、倒したのとは別の魔物が近づいてきたことを察知できず、じりじりと体力を削り取られ、戦闘不能になって倒れていた。 『大丈夫ですか? 街に戻りますか?』  アバターではない天使の姿をしたキャラクターが優しく話しかける効果音で、顔を上げて初めて、既に太陽は姿を隠して夜になり、「私」はものすごく無様に地面にひっくり返っているのを、視界に映した。  それを見た私は、現実が深夜なのにも関わらず、声を出して笑ってしまった。久しぶりに感動して、久しぶりに嬉しくて、久しぶりに笑った自分が、あまりにも滑稽で。でも、ようやく何かを楽しむことを見つけられた解放感に満ち足りていて。  私は泣き笑いのまま、『はい』を選択していた。
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