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3:友達になろうと歩み寄る
ちゅんちゅんと。すずめの声で現実に引き戻される。遮光カーテンの隙間から朝日がぼんやり差し込むのはいつものことだ。
だけど、いつものように夜更かしをして遅く起きた時よりも、なんだか頭が冴えている。見た夢のせいだろうか。いつもなら、引きこもりになって、涙の海に溺れて苦しくなって目が覚めるのに、今朝は初めてゲームを開始した頃の新鮮な感動まで思い出した。
ゲーム内では見知らぬ人にはあまり関わらないようにしていたのに、ミミを見かねたせいだろうか。まだソロでゲームをしていて、知らない人と組んだ慣れぬパーティプレイで仲間に迷惑をかけて、『もっとぼっちで練習してから来い、ヘボ』と、素性も知らぬ相手に暴言を吐かれたことを思い出す。あの頃はただただショックを受けるばかりだった。プレイングに対する愚痴や悪口も運営会社に報告して良いのだと、ギルドに入ってから教えてくれたのは、カクルラだ。
そこでミミのことを思い出す。深入りするのは私の信条ではないが、あれだけいじめを受けていて、報告をしないのはあんまりだ。助言を贈るくらいは良いだろう。そう決意してパソコンを立ち上げたところで、私ははたと気づく。
ミミがいつもあの場所にいるとは限らない。あの水に恵まれた国の大水車は、待ち合わせ場所として最適だが、昨夜はたまたまいただけかもしれない。それに今現実は朝だ。ミミが学生か社会人かはわからないが、まっとうに暮らしているなら、学校か仕事へ行ってしまうだろう。夜まで待った方が良いかもしれない。
だけど、夜になったら、恐らく彼女はまたあの連中とパーティを組んで。慣れない操作で迷惑をかけて。また嫌がらせを受けるのだ。
私の中の正義感が叫びをあげる。
ミミを救いたい。オンラインゲームは、相手の顔が見えない分、他のプレイヤーとの軋轢も多い。心底嫌な気分を味わって引退してゆく人の数は、新たに流入してくる人数にも負けていないのだ。彼女を、その一人にしたくない。もっと、楽しい思いをして欲しい。
果たして、ログインした「私」は、例の大水車の前に辿り着くと、カメラをぐるぐる回した。人のことを言えないが、平日の朝だというのに探求者は多い。夜勤明けに一眠り前の冒険を楽しむ人も、けっこういるものなのだ。
やっぱりいないか。諦めかけた時、薄茶の猫耳が大水車の陰で棒立ちになっているのが見えた。名前を確認する。ミミ・サファイア。昨夜は苗字までは見ていなかったが、彼女に違い無い。周囲に昨夜の奴らがいないことを確認して、駆け寄る。
慣れないことをする緊張で、私の心臓がばくばく言っているが、「私」はあくまで無表情でミミに近寄り、パーティを組む誘いをかけた。ミミからの反応は無い。恐らく、「私」を探してカメラを回しているのだろう。それとも、昨日行きずりで声をかけた相手のことなんて、覚えていないだろうか。不審に思われているのだろうか。
昨夜の繰り返しだろうか。諦めかけた頃、パーティ加入の軽快な音が鳴った。早速パーティチャンネルに切り替えて話しかける。
『おはようございます』
『おはようごじあます。えっと』
昨夜と同じ誤字が混じって、私は思わず吹き出しそうになる。そこのタイピングが苦手なのだろう。Zはたしかに打ちづらい。そんなことを思いつつ、「私」は自己紹介すらしていなかったことを思い出した。
『覚えてます? 昨夜会った、ジュリ・アルベストです』
ミミの返事は、すぐには戻ってこなかった。変な奴に絡まれたと怖がらせているかもしれない。でも、パーティ勧誘に応えてくれたということは、少なくとも、過度の警戒はされていないのだと信じたい。
『ああ!』
また不安になるくらいの時間が流れた頃、ミミは両手を打ち合わせる感情表現をしてみせた。
『すみません、すぐに思い出せなくて。ありがとうございました』
あっ、今度はちゃんと言えた。声に出して軽く笑いつつ、キーボードを叩く。
『びっくりしちゃいますよね。知らない奴にいきなり話しかけられたら』
『いえ』『わたしこそ』『助けてもらったのに、忘れちゃっててごめんなさい』
細切れで、ミミは返事をしてくる。これは文字打ち込みの時に、確定と間違えて過剰にエンターキーを押してしまうやつだ。
『今日は一人ですか?』
『はい。みんなは仕事なので』
みんなは、ということは、彼女は違うのか。学生か、所謂自称家事手伝いか。ほぼ初対面で突っ込むのは失礼なので、代わりの言葉を打ち込む。
『あの、もし良かったら、これからお金稼ぎに行きませんか? 昨日の連中と組むよりはやりやすいと思うんですけど』
ミミがまた黙った。差し出がましい申し出だろう。しかも、彼女は「いつも」と言っていた。パーティを組むようになって深い仲の友達かもしれない。それを悪く言われるのは、良い気分ではないだろう。
だが。
『是非! できるだけ迷惑をかけないようにしますから、よろしくお願いします!』
ミミは身を乗り出す感情表現で、「私」にミミのアバターが重なるくらいの二つ返事をしてきたものだから、私の方が呆気に取られてしまったのだった。
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