8、失恋の夜に 後

1/1
前へ
/21ページ
次へ

8、失恋の夜に 後

 夫の態度が何だか冷たいと思って、何かあったのか、聞いたことがあった。 「はぁ? いつもどおりだけど」  答えも冷たかった。  手を繋ごうとしたら、 「何? 鼻息荒いんだけど」 と、言われ、思わず離れた。  それ以来、きちんと話をしてこなかった。  夫はホッとしていた。  妻は、頭悪いし、強く言えば、言い返さない。よかった。疑われただけで、バレていない。チョロいもんだ。  わたしの頭の中で、夫がわたしを蔑んで止まらない。  休日はどこかへ出掛けた。  断ると機嫌が悪くなって面倒だから、夫のいうとおりに外出をする。  でも、ちゃんと子どもが遊べてわたしも好きそうな場所を考えてくれる。  夫と遊ぶ子どもたちが楽しそうだったし、帰ると、わたしを気遣って、夫が夕飯を作り、上二人の子どもを風呂に入れてくれる。  そうやって、日常が過ぎていくなら、本当に、不倫て、どうでもいいものなのだ思ったのだ。  夫は家族を構成する仲間だけど、一個人だ。夫が幸せで、子どもたちも安心して過ごせるなら、不倫なんてどうでもいい。  そう思ってきた。  しかし、その夫が泣いている。 「どうしたの?」 「色々あるんだよ」 「彼女と?」  思わずこぼれ出た。  夫の顔が引きつったのを、見逃さなかった。  これ以上泣いていた理由をきくのはやめておこう。 「風呂に入っておいでよ」  そう言って背を向けて、すぐだった。 「そうやって、冷めてて、上から目線なところが嫌だったんだ」  後頭部に、夫の声が刺さった。 「ごめんね」  振り返らずに答える。  夫は何も言わず、さっさと支度をして、風呂場に入っていった。  わたしは歯を磨く。何もなかったように。涙も出ない自分はいつも通り。  でも、腹の中に、一粒のアワブクみたいに、プカリと小さな感情が生まれた。 「でもさ」  拳を握りしめた。 「全部、こっちのせいなの?」  風呂場の夫に投げかける。聞こえているはずだ。  でも、何も答えない。  シャワーの音がして、こちらの声をかき消すつもりだとわかる。  何も答えないのではない、答えられないのだろう。 (恋する男は弱い)  皮肉を心に残し、寝てしまうことにした。  わたしから夫に仕掛けた割に、あっさり眠れてしまうなんて、ちょっと面白かった。  でも、次の朝、笑えなくなっていた。  夫が消えたのだ。  何故か、コビトのビールも、カラになっていた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加