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8、失恋の夜に 後
夫の態度が何だか冷たいと思って、何かあったのか、聞いたことがあった。
「はぁ? いつもどおりだけど」
答えも冷たかった。
手を繋ごうとしたら、
「何? 鼻息荒いんだけど」
と、言われ、思わず離れた。
それ以来、きちんと話をしてこなかった。
夫はホッとしていた。
妻は、頭悪いし、強く言えば、言い返さない。よかった。疑われただけで、バレていない。チョロいもんだ。
わたしの頭の中で、夫がわたしを蔑んで止まらない。
休日はどこかへ出掛けた。
断ると機嫌が悪くなって面倒だから、夫のいうとおりに外出をする。
でも、ちゃんと子どもが遊べてわたしも好きそうな場所を考えてくれる。
夫と遊ぶ子どもたちが楽しそうだったし、帰ると、わたしを気遣って、夫が夕飯を作り、上二人の子どもを風呂に入れてくれる。
そうやって、日常が過ぎていくなら、本当に、不倫て、どうでもいいものなのだ思ったのだ。
夫は家族を構成する仲間だけど、一個人だ。夫が幸せで、子どもたちも安心して過ごせるなら、不倫なんてどうでもいい。
そう思ってきた。
しかし、その夫が泣いている。
「どうしたの?」
「色々あるんだよ」
「彼女と?」
思わずこぼれ出た。
夫の顔が引きつったのを、見逃さなかった。
これ以上泣いていた理由をきくのはやめておこう。
「風呂に入っておいでよ」
そう言って背を向けて、すぐだった。
「そうやって、冷めてて、上から目線なところが嫌だったんだ」
後頭部に、夫の声が刺さった。
「ごめんね」
振り返らずに答える。
夫は何も言わず、さっさと支度をして、風呂場に入っていった。
わたしは歯を磨く。何もなかったように。涙も出ない自分はいつも通り。
でも、腹の中に、一粒のアワブクみたいに、プカリと小さな感情が生まれた。
「でもさ」
拳を握りしめた。
「全部、こっちのせいなの?」
風呂場の夫に投げかける。聞こえているはずだ。
でも、何も答えない。
シャワーの音がして、こちらの声をかき消すつもりだとわかる。
何も答えないのではない、答えられないのだろう。
(恋する男は弱い)
皮肉を心に残し、寝てしまうことにした。
わたしから夫に仕掛けた割に、あっさり眠れてしまうなんて、ちょっと面白かった。
でも、次の朝、笑えなくなっていた。
夫が消えたのだ。
何故か、コビトのビールも、カラになっていた。
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