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13.自分勝手なコビトたち
帽子をかぶり家を出ると、青空が眩しいくらいの好天だった。
何食わぬ顔で歩き始め、肩にコビトが乗っている以外は全くの普通の主婦だと言い聞かせた。
「騙されていたわけだよね」
肩にいるカナメにだけ聞こえるように呟いた。
カナメの告白は多少なりともわたしにダメージを与えていた。
疑念。疑惑。猜疑心。
背中についたままだった。
「はぁ? 何いってんだよ」
カナメの不服そうな声が聞こえる。
「友だちになったと思っていたのに、ただのターゲットだったわけだから」
「ひどいことを言うな!」
不意をつかれ、わたしは立ち止まる。
「とまるな」
思いの外大きな声だったせいでもある。でも一番は、カナメの反応があまりに意外だったから。
「ごめん」
反射的に謝り、再び歩き始める。
今までならもっと見下して、皮肉を込めた冷たい言葉を突き刺しに来たはずた。
それなのに、声に悔しさをにじませるなんて。
「あいつは気を許していた。こちらがヒヤヒヤするほど。あんたは違うのか?」
思わず黙ってしまった。
わたしだって気を許していた。
でも、あの人がコビトになることを勧めてきたのも確かだった。
「たぶん、地下道に招待したかったんだ」
カナメはポツリとこぼす。
「あいつは地中に根を張り巡らせ、コビトになって自由に行き来できる。あんたがコビトになったら、連れ出したかったんだよ」
耳元の声は少し弱々しい。
それからは黙って歩き続け、あっという間に家の前まで来ていた。
「鍵は開いている」
カナメに言われ、恐る恐る玄関扉の持ち手を引いた。カチャリと音を立ててドアは開いた。
「入ります」
扉の向こうからオシャレな柔軟剤の匂いと生温い風が混じり合って通り過ぎる。
「あいつは一階のリビングにいる」
わたしはそのまま廊下を進んだ。
リビングのドアは開いていて、カウンターキッチンを背に白いソファーはすぐに見つかった。
その上に、紫色のもさもさが横たわっている。
それは夫から生えているのと同じだった。成人男性の形をした土台から萌え出た植物は、昼間でもほんのり光を帯びていた。
「コビトなの?」
カナメの溜息が聞こえた。
「こいつが発症するなんてね」
わたしは草をかき分け、魔王の顔を探し出す。
「魔王」
根元に肌の色が見え、顔をしかめた。
「おきてよ」
肩と思われるところを揺する。覚醒すれば消えるはずだ。夫はそうだった。でも、いつまでも反応がない。
カナメが肩から腕をつたい、親指を引っ張ってわたしを止めた。
「無理だ。夢に支配されている」
そう言われても、わけもわからず紫色のスギナをただ見つめることしかできない。
魔王はこの塊のままなのか。
目を覚まさないのか。
喉の奥がヒリヒリと乾き、心臓が鼓動を速める。
恐ろしい出来事は目の前で起きている。
夫もこうなるのか。
もう魔王は戻らないのか。
幾つもの疑問符が押し寄せ、わたしを混乱させる。
「本来は夢のループの中から抜け出せなかったり、夢の中で眠り続けたり、様々なんだ。脳内で、俺が寄生して望むことを与え続けるから。そこから生まれるざわめきを栄養に俺の種は成長する」
「ざわめきってなに? それを止めれば魔王は目を覚ますの?」
カナメはわたしの手のひらの上に座り込んだ。
「さあね。わからない。ここまで侵されたのは初めて見たから」
初めて見た?
信じられない言葉だ。
「コビトのビールを飲むと、みんな寄生されるわけじゃないの?」
「誰もがこうなるというわけではない。大体はいい夢を見て終わりだ。発芽する前に現実に戻ってくる。今回囚われたのはお前の夫と、月志だけだ」
よりによってその二人か。
もう苦笑いをするしかなかった。
「多分、あいつは自分から夢に支配された。自ら目覚めようとしないんだよ」
「このあとどうなるの?」
「胞子茎を作って種を撒き散らして朽ちる。お前の夫もな」
「止める手立ては?」
「こいつを覚醒させる。それで根絶できるだろう」
「それだけでいいの?」
「こいつの場合はそれで充分だ。あんたにその役を頼みたい」
「なぜ?」
わたしが首を傾げると、カナメは顔をしかめた。
「助けたくないのか?」
「わたしは助けたい。でも、あなたの目的が果たされなくなるのでは?」
人間の体を土台に繁殖をするのが目的ではないか。
「この人も、夫も、苗床にするつもりではないの?」
カナメは立ち上がり、再び腕を駆け上がって肩に立った。
「だから人間は馬鹿なんだよ」
叱りつけた後、わたしの耳たぶを痛くない程度につねった。それから大きなため息を落とす。
「この植物は、俺の復活させたいのとは違うんだ」
ふと、不思議な音がした。いや、音はほとんどしない。
「違うんだよ」
それは気配という音だ。
「あっ!」
そちらを見やり、思わず声を漏らしてしまった。
カナメのいる方の肩から緑色の蔓が伸びていた。腕に絡まりながら魔王へと続いていく。
「俺はシダ植物ではない。俺は胞子を飛ばしたりしない。蔓を伸ばすんだからな。月志の力が強くて発芽できなかった。スギナの繁殖力に負けたんだ」
カナメから蔓は伸びている。そして、わたしと魔王を繋いだ蔓が、魔王の耳の中へ入っていくのを見てしまった。
「何をしているの」
「意識をつなぐ」
カナメの声と同時に耳元でガサガサと音がした。
耳に這うように何かが入っていく感覚がして、嫌悪がこみ上げる。
思わず耳に触れようとすると、カナメが手のひらに飛び降りてきた。
(危ない!)
慌てて両手で包み込むわたしを見上げ、カナメは笑っていた。
その手からは緑の蔓が生えている。イヤホンのコードのようにわたしの耳へと続いている。
これが耳の中に入っているのだ!
「あいつは世界征服をしたいのか、自分自身を滅ぼしたいのかわからなくなっている」
カナメは言い残して目を閉じた。
わたしの視界もぼやけて白くなる。
目眩に襲われ、フラフラとしゃがみ込む。
〈勝手にはいらせてもらう〉
耳からではなく、頭の中で響く声。
脳に侵入されるの?
もう耳の中には蔓が入り込んでいるということなのか?
勝手だ。不愉快だ。せめて入る前に言ってほしい。
ああ、どうすればいい。
だめだ。考えられない。
意識がどんどん遠のいていく。
瞼が重い。
床に座り込み、意識を失いかけた。
〈失敗したから起きろと伝えてくれ〉
カナメの声が響く。
〈とにかく頼んだ〉
自分勝手じゃないか。
遠のく意識の中で、わたしはぼやいていた。
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