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15.夢の中へ その2 潜入
今夜も12時前に目が覚めた。
よく眠れるようになったのもつかの間で、夫から紫の植物が生えているのを見てから、必ず夜に目を覚ますようになっていた。
だから、約束の時間にはすんなりと布団を出ることができた。好都合なことだ。
子どもたちを起こさないように二階の寝室を出て、暗いままのキッチンへ向かう。
なんとなく髪を整え、勝手口の扉を恐る恐る開けた。
「遅い」
細く開いた戸の隙間から声がする。
すでにカナメが戸の前に立っていた。脱ぎ捨てられた勝手口用のサンダルの隣で、わたしを仰ぎ見ている。
「時間通りだけどなぁ」
そう答えてから、カナメの後ろで黙っている魔王に視線を移した。
「こんばんは」
しゃがんで声をかける。
「こんばんは」
いつもどおりの声が返ってきてホッとした。無視されるのではないかと、わけもなくと思ったのだ。
昨日のことを思い出して、なぜだか少し気まずい。そのせいで余計な心配をしてしまう。
「戻ったの?」
あの夢から抜け出せたのだろうか。
「ーーすまなかった」
視線を外したまま、魔王は小さく謝った。
「戻ってきてくれて良かった」
本当によかった。
でも、あの時吐き出した言葉とか、泣いたこととか、やっぱり少し照れくさい。それにまだ不安なのもあって、目をそらしてしまう。
「あの後、どうして二人共いなくなったの?」
誤魔化すように訊ねる。
あのリビングに何故一人残されていたのか。あの後二人はどうしていたのか。
「恥ずかしかったから逃げた」
カナメが答える。魔王は黙っている。
「恥ずかしかったから、か」
わかる気がした。わたしも随分恥ずかしいことを言い放っていた。あの時のことはうまく言葉に出来そうにない。
「ありがとう」
魔王は頭を下げた。
お礼を言われても、わたしはこの人を悪夢から救い出せたのだろうか。自信はなかった。
「いこう」
わたしは手のひらを差し伸べる。
「夫を救い出す。手助けしてくれる?」
「もちろん。その約束だ」
魔王は大きくうなずいた。
★
コビト二人を両肩に乗せ、夫の寝室のドアを音を立てないように開けた。
ベッドの上で、やっぱり仄暗い紫の光を放っている。光の源は熟睡している夫を埋め尽くすスギナだ。
「このままではすぐに自力では目覚められなくなる」
独り言のように魔王が呟いた。
「毎日ちゃんと起きていたけど……」
今朝も仕事へ行った。
特に疑いのない日常が続いていた。
自力では目覚められないなんて、信じられない。
その時、カナメがわたしの肩から駆け下ると、夫の眠るベッドへ飛び降りて両足で着地をした。
「これを見ていて、明日も明後日も大丈夫も思うか?」
見上げるカナメの一言に、わたしはもう一度夫を見やった。
そこには紫色のスギナが鬱蒼と生えている。
顔が見えなくなるほど。
昨日の魔王ほどではないが、明らかにスギナに支配されていた。夫も夢の中でコビトになっているのだろうか。
「言っておくが、こいつのときとは違うから」
カナメは魔王を見た。
それに応じるように魔王もうなずく。
「私は夢を見ていたわけではなく、夢が与える空間にいただけで意識がはっきりとしていた。会話も普通にできただろう?」
そういえば、そうだ。あれは夢というより、意識を持ったまま異空間で喋っている感覚だった。
「でも、あんたの夫は夢を見ている。夢を見ているときは普通、無防備で意味不明な状態だ。こちらに気づくかも、会話ができるかも、わからない。それでも目を覚ませと呼びかけてみよう。そして、意識を持った夫を説得する。それでいいか?」
「そうしたら断ち切れるかもしれない?」
「そうだな。大概、夢なんて忘れるものだろ? その日の朝、もしくは二日三日して、すっかり忘れていればいいんだ。ビールを飲んだ主婦はみんなそうだった」
魔王が肩に乗ったまま、こちらの顔を覗き込む。
「でも、貴方の夫は夢を忘れず、夢を見続けている。眠るたびに夢を欲している夫には難しい」
「難しいの?」
コビト二人は顔を見合わせた。
「できるとは思う」
「本人が、もうこの夢を見ないと心に決めれば二度と見ないと決意するんだ。あんたにそうさせることができるか?」
できるかどうか聞かれても、夫が一人でスギナを駆除することができないなら、わたしがやるしかないのだ。
「やってみる」
「そうと決まれば、あんたの旦那と意識をつなぐ」
「また耳の中に蔓を入れるの?」
カナメから伸びる緑色した蔓植物が耳の中に侵入するのは、正直不快だった。
「嫌ならやめてもいいが」
「ーーやります」
いやいや受け入れるしかなかった。
やがて、滑らかに迫る蔓が巻き付いて、わたしは夫の夢の中へ絡め取られていく。
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