長くて情けない失恋の夜に

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 謝らなくちゃいけないことがあるんだ。  俺は実優と二人きりでこの場所で会ったことがあるんだ。  ガキの頃の話だよ。中3のあの時。星空観測会をしようとした、あの時。  そんな顔で見るなよ。もともとは遼平のせいなんだから。  俺が望遠鏡を持っていること教えたら、夜にこの場所に集まろうと言ったのは、遼平じゃないか。  しかもあの日、実優と喧嘩をして観測会をドタキャンした。言い出しっぺのくせに。  遼平からの連絡を受けたあと、俺はこの屋根裏の収納部屋で一人望遠鏡をセットしたままボンヤリしていた。あの頃聴いていたラジオをつけっぱなしにして。懐かしいな。  母親なんてさ、小学校低学年以来になる二人の来訪に相当はりきっていたんだよ。掃除したり準備したり。実優はうちの妹とも仲いいから。だからキャンセルになったって言いにくかった。 「圭介! 実優ちゃん来たよ!」 って母親の声が聞こえたときは、正直、ビビった。  まさかと思って玄関まで駆け下りたら、実優が制服のまま立っていたんだよ。 「遼平は?」 って聞いたら、 「下痢。激しい腹痛。だから、先に来た」 ってしれっと言った。俺が事情を知らないと思ったんだな。  「お邪魔します」  実優は母親に丁寧にお辞儀をし、スタスタと階段をあがっていった。妹に助けを請いたいところだったけど、部活で疲れてとっくに眠りこけている。たたき起こしたらあとが怖い。  仕方なく俺は屋根裏の収納室へ案内した。小さくせり出した窓が、天体観測にちょうどいい位置にある。家を建てるときに父親が考えたらしいが、望遠鏡を買ったところで満足したらしい。使うのは俺だけだ。 「圭介、ラジオ消して」  実優に言われて、俺は素直にラジオを消した。  正直、ドキドキしたよ。女の子と二人きりなんて初めてだったから。それが正常な15歳だと言ってほしい。  実優は望遠鏡を見つけると、おろしていた髪を結って、じっと覗き込んだ。 「遼平来ないって連絡があったよ」  俺は少し離れたところから訊ねる。 「いいの?」  俺が聞いても実優は黙ったままだった。  その後ろ姿を見ていることしかできなかった。  何かあったの? なんて聞けなかった。怖かったんだよ。最初、実優は怒っているのかと思ったんだけど、本当は今にも泣きそうで、涙をなんとかこらえているように見えたんだ。  実優の気が済むまで空を眺めればいい。そう思った俺は、母親が二人のために用意した小さめの丸椅子に座ろうとした。  その時、俺は見事にバランスを崩した。  普段背もたれのある椅子に座っているからかな。ゆっくりと後ろにひっくり返ってしまった。 「いてぇ」  起き上がると、実優が見ていた。どうやら俺がスローでひっくり返るところをバッチリ見ていたようだった。 「見たな」  俺が言うと、実優は吹き出し、ゲラゲラ笑った。 「圭介が天然でコケた」  その笑顔につられて、俺も笑った。  すごく安心もした。  実優が笑ってよかった。そう思ったのに、次の瞬間には実優は泣いていたんだよ。 「ごめんね」  全く意味がわからないよな。  笑ったのに泣くの? しかも、何で謝るんだ?  俺は立ち上がって椅子を立てる。 「もう一回コケる?」  そう訊ねたら、実優は首を振った。  コケたらまた笑うと思ったんだ。笑うなら何度でもコケられる。  実優はポケットから小さなタオルを出して、一生懸命顔を拭いた。拭きながら、スゴい小さな声で言ったんだよ。 「圭介を好きになればよかった」  これはさ、結局は俺を好きじゃないってことなんだよ。好きになることはないってことなんだよ。  残酷だよな。  それでさ、涙を拭いた実優は直ぐに帰ることになった。うちの母親が送ることになった。  もともとを月と星をみるだけだったし、遼平がこれなくなったし、早い帰宅を母親が怪しむこともなかった。実優は何事もなかったように母親とおしゃべりしながら帰っていった。  これがあの日起きた全てだよ。  でもさ、次の日から実優は笑わなくなった。  学校で会っても、いつも真顔。  だから、俺はききたいんだよ。  喧嘩の原因は何だったの?  えっ?  笑った顔がおじいちゃんみたいって言った?  笑顔がおじいちゃんそっくりって?  それだけ?    ……それは、どうなんだ?  女の子にはきつい一言なのか?  実優は笑うとくしゃっとなるからだろう。  馬鹿だなぁ。別の言い方があるだろう。  うまく言えなかったのはわかるけどさ。    俺はさ、笑わなくなった実優とは、中学卒業以来会ってない。気まずいのかもしれないけど、避けられている気がする。今でも妹とは遊ぶのに。   結婚することを聞いたのもつい最近だよ。  遼平はどうなんだよ。  結婚式に呼ばれた妹がさ、実優の笑顔が好きだって言われたのが結婚の決め手だったって言っていたよ。  ああぁ、戻りたいなぁ。  中学の時に。  この場所はまだこうして残っているのに自分たちだけ変わっていく。約束は果たされないまま。  あの頃は色々しんどかったはずなのに、大人になると戻りたいなんて、俺もいい加減だよ。  わかってるよ。  缶ビールならまだ冷えているから。  転生もタイムループもしない現実の世界だからさ、一緒に耐えよう。  実優の隣を奪われた、長い長い失恋の痛みにさ。
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