1人が本棚に入れています
本棚に追加
帰り道、駅のホームに降り立って人混みの中を順当に列をなして改札にカードをタッチさせると、住宅街のどこかから夕食を作る気配がした。暗闇にぽつぽつと灯るあかり。今夜の夕食はカレーだろうか。あっちは炒め物。…旨そうな匂いだ。
街灯が等間隔で夜道を照らしている。なんとなく家に帰るのが憂鬱だった。いっそ、今からでも嘘をついて、残業だと…藤子に嘘をついてどこかで食べてきてしまおうか。
そんなことを考えている時に、二つ先の街灯の真下に女性の人影が映っているのが見えた。
「あらあなた。…今日は少し早かったのね。珍しい」
「何してたんだ?こんなところで」
「なにって…ふふふ、買い物よ。見てこれ!」
藤子は両手いっぱいに、二つずつ、大きな買い物袋を下げていた。
「卵がね!安かったの。…三千円以上買うと卵が一つ特売価格になるんですって!いいでしょう!?これでまた卵料理を作れるわ」
たまごたまごたまご。
「もう、いい加減にしてくれ」
「…え?」
「毎日毎日毎日…一体何なんだ卵卵って!おまえ言ってたよな、色んな料理を作るのが好きなんだって。結婚前に、言ってたじゃないか…!」
「卵はきらい?」
「違う…そうじゃない、そうじゃない!…なんなんだ。訳も分からずいつも毎日おんなじ料理…一年前も、その前も!」
「変な人ね。あなた言ってたじゃない。…君とずっと居たい、まだどうしても傍に居たい。だからお願いだ。二人でずっと…死ぬまで一緒に居たいって」
「それがなんだ」
妻の買い物袋から、ぐにゃりと黒い何かの塊が、飛び出て来た。
「忘れたの?ー☓△∥≫◆◯∇∉のよ。私たち」
最初のコメントを投稿しよう!