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植物の声
俺には植物の声が聞こえる。
だから桜が嫌いなのだ。
花が咲けば笑って、花が散れば泣く。枯れれば黙って、芽が出れば、驚いたような、喜んでいるような声が聞こえる。
能力が芽生えてすぐの頃は、よく庭の植物たちに話しかけていた。だが、植物は言葉を知らないので、会話をすることは叶わなかった。
可能なコミュニケーションといえば、水をやって、嬉しそうな声を聞くことくらいだ。
思えば、勝手に騒いで聞かせるくせに、俺の声はちっとも聞いてくれない植物に対して、最初から不信感はあったのだ。
俺が近所で変な目で見られても、植物は降ってきた涙でケタケタと笑うのだから。
小さな植物は小さな声、大きな植物は大きな声を持つ。その代わり歳を取ると落ち着くのか、大木は寡黙な者が多い。
しかし、春が来て、俺は例外に気がついた。
桜の木だ。中でもソメイヨシノはタチが悪い。俺が桜を嫌う理由のほとんどがソメイヨシノにあった。
ソメイヨシノはその美しさから国民的に愛されている。日本中に咲くソメイヨシノが、全て同じDNAを持ったクローン個体であることは有名な話だろう。
クローンだから、性格も声も同じだ。ソメイヨシノは皆、花を咲かせると高い声でキャッキャと騒ぐ。
それに、彼女らは咲く時期も同じで、散りゆくときも同じなのだ。
四月。桜は満開を迎え、お花見シーズンも終盤に近づいていた。
桜並木を避け生きてきた俺も、社会人一年目。先輩からの誘いを断ることができず、親睦会という名のお花見に連れて行かれることになる。
先輩たちが取ってくれていた場所は、大きな桜に囲まれた最高のお花見スポット。ソメイヨシノの狂喜乱舞に、俺はもうその場で倒れそうだったが、大人たちの手招きに抗えずレジャーシートに上がる。踏みつけた芝生たちの声は小さすぎて耳に入らない。
俺が最後の一人だったらしく、すぐに缶ビールを手渡された。皆待ちきれないという感じで上司の乾杯の挨拶を聞いている。
では、カンパイ! と宴の開始が告げられたそのとき、レジャーシートが捲れ上がるほどの突風が吹いた。桜の花びらが、ざあああああっと音を立てながら横殴りで飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。一瞬で視界がピンク色に染まる。
桜の木は、まるで手と足の爪を一気に剥がされたかのような、悲痛な叫びをあげる。それも、そこら中に植えられた、同じDNAを持つものと共に、一斉に、大声で、だ。
まさに阿鼻叫喚。
耳を塞いでも、脳に直接聞こえてくるのだから意味がない。同期の女子が、きゃあ、と寄りかかってきた衝撃に、辛うじて体を縦に保っていた精神力は折られ、伐倒される大木のように、大きな音を立てて倒れた。
俺は病院で目が覚めた。
急性アルコール中毒を疑われたらしく、救急車まで呼んでくれたらしい。
ベッドから起き上がり、頭を抱える。一体会社でどう言い訳をすればいいのか。俺は今後、会社の親睦会で倒れたデリケートな人間というレッテルを貼られてしまうのだろうか。
はあ、と大きなため息をついたら、ふふふ、と小さな声が聞こえる。
顔をあげると、窓の外に、ようやく蕾がほころび始めた遅咲きの桜を見つけた。
ふふふ、とまた声が聞こえて、心までほころぶのを感じる。
そう、桜の木は皆、少女のような愛らしい声をしているのだ。だからこそ、花が散るときの叫び声は本当に心が痛くなる。
桜は本当に美しく、純粋で、心打たれる。だから、俺は桜が大好きで、次第に桜の散る季節が大嫌いになったのだ。
周りに人がいないのを確認して、俺は久しぶりに話しかけてみる。
「これから辛いことがあるかもしれないけど、また来年そうやって笑えるからさ、あんまり悲しまないでくれよ、なあ、わかるだろう? なあ、本当はお前たちも、わかってるんだろう……?」
桜の木はやはり、俺のことなど知らないふりをして笑っていた。
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