4.淋しいときは、

3/3

80人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
 ハンバーグは玉ねぎの甘みと肉の旨味が感じられ、とてもおいしい。しかし、敬梧は何を言われるのか気になってしまい、味わうことができなかった。 「敬梧も、最初は僕を女性だと思った?」    コンビニで偶然会った日に、斉木が「あいつは勘違い野郎だから気をつけろ」と忠告したらしい。敬梧を睨みつけていたのはそういうことだったのか、と納得する。  慧の質問に、自分の胸のうちを伝えるための言葉を探す。 「母が失礼な態度をとってしまってすみません。俺は……実は、公園で会ったときに『さとい先生』でインプットされたみたいで、よくわからなかったんです」  かわいらしい女性だが、身のこなしなどはちょっと男性的。それが、冷静になって思い返した印象だった。 「斉木さんから、男だからなって言われたとき、妙に納得しちゃって。だよなぁって思いました」 「そうだったんだ」慧が少し安堵したようだ。 「嫌な感じはしなかった?」 「全然。むしろかわいいなんて思うの、失礼かなって、気にしてました」  敬梧の正直すぎる答えに、慧の声が少しうわずる。 「僕は背も低いし、こんな見た目だから、しょっちゅう女の子に間違われてたよ」  だから、敬梧のお母さんみたいな反応には慣れてるんだ、とこともなげに言った。 「でも男だってわかったあとの態度は、いろいろだった」  慧は、父親からぱっちりとした二重の瞳とふわふわとした天然パーマの髪質、母親から色白の肌を受け継いだ。小さな赤いくちびるをした赤ん坊の写真は、本人ですら、女の子みたいだと思うほどだ。 「うんと小さいうちは気にならなくても、そのうちに、なんとなく男の子と女の子って違いがでてくるよね。好きなものとか遊び方とかいろんなことで」  なんとなく違う、という表現はよくわかる。敬梧は活発な男の子ではなかったが、自分からおままごとをやりたいとは思わなかった。なぜか参加させられたことは何度もあったのだが。 「僕は歌ったり踊ったりが大好きで、幼稚園くらいのときもしょっちゅう女の子と遊んでた。でもそれは、女の子と遊びたいんじゃなくて、一緒に踊れる子と遊んでいたいだけだった」    好きなものの違いでグループができるのは、敬梧も体験したことがある。 「それを見て、仲間に入ってくる男の子も女の子もいたし、おかしいって言う子もいた。僕にはよくわからなかった」  慧は今もそうだが、当時から赤やオレンジといった色の洋服を好んで着ていたらしい。そのことも男の子グループから外れていたのかも、と笑う。 「両親は、僕の好きにさせてくれたからね」    小学生になると、大流行していた女性アイドルのダンスを真似るようになった。ヒールを履いて踊る3人組に憧れ「あの靴がほしい」とねだったときも「パンプスは無理だからブーツにしなさい」と答えたそうだ。  仲のよい女の子たちとすごく練習して、それっぽく踊れるようになった慧を「カッコいい」と言ってくれる人がいる反面、「男の子なのに女の子のダンスをしている」と言う人がいた。  自分のことを名前で呼ぶと「男の子は、ぼくって言うんだよ」と指摘された。    慧は、両親に尋ねたそうだ。 「どうして、友だちに「へんなの」って言われるの?」  ふたりは、慧の目をまっすぐに見て「ちっとも変ではないし、他人に迷惑をかけたり傷つけたりしなければ、気にすることはない」と教えてくれた。 「すごく安心した」  そのときの安堵感を思いだして、慧がほっとした表情をみせる。  それからは、陰でコソコソと何か言われても、逆に遠慮なくジロジロと見られても、とりあわないようにしたらしい。 「でも敬梧からは、そんなふうに得体のしれないものを見るような感じは、少しも受けなかったよ」   「嬉しかったな」小さくつぶやく慧がとてもかわいらしくて、敬梧の胸が甘く疼いた。  
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

80人が本棚に入れています
本棚に追加