5.恥ずかしいときは、

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5.恥ずかしいときは、

 いつもは、食事が終われば解散するが、今日は慧がコーヒーを淹れてくれた。もう少し話をしたいと思っていた敬梧は、ほわんとした湯気に顔をうずめる。 「お母さんから、きついこと言われた?」 「標準的な母親なんてわからないけれど、うちの母親は過干渉なんだと思います」    両親の馴れ初めなど聞いたことはないが、母親が父親を尊敬しているのは、子どもの目にもよくわかった。  敬梧が生まれたとき、男の子だと喜んだ父親は、息子が自分よりも妻の父親に似ていたことに落胆したのではないだろうか。学生時代からスポーツが得意で、友人や同僚と野球をしたりゴルフに出かけたりと交友関係も広い。自分の子どもとも、やってみたかったに違いない。  しかし父親は、敬梧が野球のグローブや自転車より図鑑セットを欲しがっても、嫌な顔もせずにインターネットで注文してくれた。 「母方のおじいちゃんみたいに、本屋や図書館で一緒に本を探したり、それを読んでくれることはなかったですけどね」    がっかりした素振りをみせられなくてよかったのだ。それ以上は望んでいない、と敬梧は自分に言い聞かせた。  母親は、夫の期待をつなぎとめるために、息子の学歴にこだわったのかもしれない。  幼稚園受験のための塾は、敬梧の具合が悪くなり続かなかった。体調不良の原因が心因性だと医者に告げられ、父親は無理な受験に難色を示した。絢子はそれならばと、細心の注意で敬梧の体調を管理し、中高一貫校に合格したときは涙を流して喜んだ。父親は校風についていけるのか心配したが、それでも嬉しそうだった。 「中学にはいったとき、役目を果たせた気がしました。でも、おじいちゃんが言ってくれたんです」  自分自身のことを誰かに話すのは初めてで、とても恥ずかしかったが、言葉にすると、自分でも驚くほどつらつらと話せた。 「自分のための人生なんだから、学びたいことも、やりたいことも、自分で決めていいんだ。親が敷いたレールでも、行き先なんて親も知らないんだから」 「やっぱり、すてきなおじいちゃんだ」  中学では進級できる成績をぎりぎりキープしながら、文化系の部活に参加した。母親はいい顔をしなかったが、父親は反対しなかった。  そして、なんとかエスカレーターで高校に進学した途端、母親がいきなり大学受験へのスタートをきってしまう。それまで通っていた塾とは別の予備校の試験を申し込んできたのだ。  父親が諌めてくれたが、通うことになった。 「でも早くから考えることができて、俺にはよかったのかもしれない」  結局、母親が望む有名大学は目指せそうもないと判定が出て、敬梧は地方の大学に志望校を探した。大好きな祖父母が暮らす町に近い公立大学の、教職課程をとれる学部を受験した。渋る母を父が説き伏せてくれて、実家を離れ、大学で青田という親友も得た。こうして敬梧は心の枷を少しづつ解いてきたのだ。 「卒業してからも、とにかく俺を自分の思惑通りにさせたがるから、距離をとるようにしてて。今回はちょっと頭にきたので、はっきり言っちゃいました」    自分の恥部をさらすような身内の話にも、慧は嫌悪感を見せることなく、じっと耳をかたむけてくれる。 「でも、本当に嫌いなわけじゃない。むやみに傷つけることはしないし、自分を守ろうとしてる。敬梧はとても優しくて、強いね」
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