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言葉にも温度があったかなと、敬梧は関係のないことを考えた。
「場が凍りついたりするもんな。いや、あれはものの例えか。あとで調べてみよう」
慧さんが、さきほどからきらきらした瞳で、自分を見ている。部屋の温度が上がったのは、少し掠れた声が俺のことを「強い」などと言ったから。確信のこもった言葉が発する熱量のせいだ。だからこんなにも、頬が熱いんだ。
その証拠に慧さんの頬も赤味を帯びている。ふたりして赤い顔をしているのだから、きっとそうだ。もう5月だし……。
「あっ! 忘れてた」
「え? 急に何?」
「あの、俺、次の日曜日が休みになったんですけど……」
「……けど?」
「慧さんがよければ、一緒に出かけませんか?」
「一緒に? 敬梧と?」
「はい、俺と一緒には、ダメですか?」
「ダメじゃない! デート嬉しい!」
「へ?」
「楽しみだね。どこ行く? もう決めてる?」
「へ??」
さっきまで紅潮していた敬梧の顔色が、さっと青ざめる。慧を誘うことで精一杯だったので、ほかのことまでは考えていなった。
すっかり上機嫌で鼻歌まじりの慧を、がっかりさせないためにはどうすればいいだろう。
逃げるように自宅に戻った敬梧は、件名に【至急助言求む】と書いて、青田にメールを送った。
「野村、あのメールは何なんだ?おれは明日、早いんだからな。さっさと用件を言え」
青田は、口では文句を言いながら、すぐに電話をくれた。敬梧は2歳年上の同期生にこれまでも随分と助けられている。
「慧さんと日曜日に出かけることになったから、いい場所を知らないかな、と思って」
「その『さといさん』って誰だよ」
「あ、隣に越してきた人なんだ」
「隣の人?おまえがそんな人と、何の用事なんだ?」
「特に用事とかではなくて……」
「は? 用も無いのに、出かける? まさか……女性なのか?」
「……」
「おい、ひとに物を尋ねておいて黙るのか?」
「男のひとだよ。ときどき、一緒に晩ごはん食べてる。珍しく休みがあうから、出かけようって誘ったんだ」
「おまえから、誘ったのか!?」
敬梧の耳に、青田の大声が反響した。
「な、なんだよ。俺から誘ったら悪いのか」
「いや、そもそも晩メシ食べてるってのも、どういうことだ?」
「明日、早いんじゃなかったのか……?」
眠気を覚ますほどのことを言っただろうか。
敬梧には、何が青田の興味をひいたのかわからない。うろたえていると、スマートフォンにぽんと通知が現れた。
「あっ! 慧さんからメッセージ来てる。またな!」
おい、という青田の声を聞いた気がするが、それにはかまわずに画面をタップした。
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