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次の日。
敬梧は催促されて、青田に電話をかけた。不承不承といった敬梧の声に呆れながらも、黙って話を聞いてくれる。
「一緒に晩メシ食ってるところまではわかった。きっと、おまえが腹を空かせて悲愴な顔をしてたんだろうな。それで? デートのプランはもう立てたのか?」
「デートなの!?」
「おい、まだそこか? デートじゃなけりゃ、何なんだ? メシ食ってるだけじゃ足りなくなって、会いたいって思ったんだろ? 向こうも喜んでるなら、もうデートだろ」
青田の言葉に、敬梧は言い返せない。なにせ、一対一の交際をしたことがないのだ。遊園地には、高校生のとき男女6人のグループで行ったことがある。だが、そのときも人数あわせのためだ。楽しかったことより「男子だけで出かける」と、母親についた嘘がばれないか心配した記憶しかない。「どんな人たちなの?」と何度も聞かれて辟易した。
父親がこっそりと小遣いをくれて「お母さんには内緒にな」と言った。男どうしの約束は、後にも先にもあのときだけだ。
「怒ったのか?」
返事のない敬梧に、声を落として聞いてきた。なぜ、怒ると思ったのだろう。
「おまえから『さといさん』が男だと聞いたのに、揶揄っていると思ったか?」
「違うんだ。その……デートって付き合ってなくてもそう呼ぶのかなって」
「好きな者どうしで出かけるなら、間違いではないだろう」
「好き……でもいいのかな」
「おい、それを俺に言うのか?」
真剣味を帯びた声が問いかえす。
青田は、経済的な理由から一旦は就職したが、教員への夢を諦めきれず大学にはいった人物である。同期生だが2歳年下の敬梧とは、入学してすぐに友人になった。
親のしがらみに悩む敬梧に「親だから絶対に正しいわけじゃない」「子どもだから従わなくてはいけないは、間違ってる」と言ってくれた。
青田の言葉は、いつも敬梧を心強くする。
「男を好きになっても、何も悪くない」
きっぱりと言いきった。
「これが、好きって気持ちなんだな」
「どんな気分だ?」
「慧さんの顔を思い出すと落ち着かないんだ。なんだか胸のあたりがそわそわして、会いたくなる。でも、会うとドキドキしてうまく話せない」
「ははっ。わかりやすい奴だな」
「馬鹿にしてるのか?」
「よかったな、って言ってるんだ。おまえは大人として、自分の考えを持ってる。自分の気持ちをごまかしたり、偽ったりしなくていい。大切な人がいれば、自分のことも、もっと好きになれる」
自分のことを、好きになる。
青田には、何度となく背中を押されてきたが、恋愛に関してはあまり話題にしたことはなかった。敬梧は自分自身を取り戻すことに精一杯で、青田は当時、まだ恋人だった奥さんと同棲していた。こんなに熱い言葉を持っているとは思わなかった。
「おまえ、本当にいい先生だよな」
「やめてくれ。おまえは生徒じゃない。俺は世話の焼ける親友を、放っておけないだけだ」
お互いに照れを隠したまま、通話を終えた。
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