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7.解けないときは、
その夜は、それ以上、慧からの連絡はなかった。さらに翌日、勤務中に届いたメッセージに敬梧は困惑した。
『昨日はごめん。しばらくの間、ご飯も遠慮させてください』
嫌われてしまったのだろうか。まだ関係を修復することはできるだろうか。きっかけが自分のとった行動なのは、疑う余地もない。謝れば許してもらえるだろうか。
気持ちを自覚したとたん距離をおかれたことには傷ついたが、それよりも慧のことが気掛かりだった。ショックで動けなかったあのとき、車を降りる慧の目に、涙が浮かんでいたのを思い出したからだ。
絶対に楽しい日にするつもりだった。
初めて会ったときから、忘れられなかったその笑顔を、自分が壊してしまった。
慧本人に確かめることもできないまま、敬梧の気持ちも空回っていた。
青田の妻、紅子(こうこ)から連絡がきたのは、敬梧が慧に会えなくなって2週間が過ぎた頃だった。
紅子は、青田が高校卒業後に勤めた会社で知り合い、敬梧と友人になったときにはすでに同棲中だった女性だ。そして、敬梧のことも気にしてくれるような優しい人だ。
だから、今回も開口一番「その後の調子はどうかなー?」と聞いてきた。
慧に会えない淋しさと、自分への憤りで、どうにかなりそうだった敬梧は、電話口で情けない声を出した。
「紅子さん、俺……どうしたらいいかわからなくて」
「えっ? どうしたの?」
青田から聞いていた状況とは、様子が違うと気づいた紅子は、少し慌てた。
敬梧は、自らの失態を包み隠さず話した。取り繕っても慧を傷つけた事実がなくなるわけではない。それならば、全部話してアドバイスをもらいたい。藁にもすがる思いだった。
「うーん……。『さといさん』も、敬梧くんのことを嫌ってはいないと思うんだけど……」
「俺が告白したのが、気持ち悪かったのかも」
敬梧は、あの日の慧の表情を思い浮かべる。出かける前も、遊んでいる間もずっと楽しそうだった。敬梧が、無意識に期待してしまうくらいには。告白したときも、嫌悪感は見えなかった。それなら……。
「やっぱり、気持ちも確かめないうちに、キスしようとしたから幻滅されたんだ……」
「それだよねぇ。でも幻滅したなら、ごめんとは言わないんじゃない? 二度と会いたくないとも言われてないんだよね?」
「はい……」
「なんか、理由がありそうだよね。でも、話したくないことまで、無理に聞きだすこともできないしねぇ」
「前みたいに笑ってもらえるなら、何でもするのに」
「話ができるのを待ってる、くらいのメッセージなら一度おくってみたらどうかな?きちんと謝りたいんだって、伝えてさ」
紅子の言葉に、敬梧は一縷の望みをかけてうなずいた。もしや連絡できなくなっているのではと心配したが、敬梧からのメッセージに既読の文字がついて、それだけでほっとした。
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